「――何、してるんだってばよ」

過ごし慣れたアパートのリビングのソファに腰を下ろしたナルトに迫り来る、明らかに異質なことが一つ。いや、一人。
ナルトの足元に跪いたサスケはハァハァと荒い息遣いをしながら、ナルトの裸足に掛けた手を止めた。冷たい声で問われて、サスケはぴくんと肩を震わし顔を上げる。赤らんだ目尻、僅かに開いた唇から覗く舌。大抵の男なら思わずドクリとくるような姿だ。しかしナルトは顔色一つ変えなかった。もはやこの男の本性は知り尽くしている、とてもときめけるような状況ではないのだ。
こく、とサスケが首を傾げる。

「ナルト……足、舐めてい――ああッ」

顔だけはひどく色っぽく繰り出された際どいお願いに、ナルトは思わず足元のサスケを蹴飛ばしていた。

「この、変態!」

背筋に鳥肌を立てながら罵って、次の瞬間我に返りナルトは後悔する。なんということだ。いくら気持ち悪いとはいえ、長年想いを寄せている相手を蹴ってしまうとは。ナルトはサスケを愛している。できることなら大事にしたいのだ。
そんなナルトの心境はさておき、当のサスケは全力の蹴りを受けてなお気持ち良さそうに嬌声を上げ、今は『もっと……』などと言いながら床の上で悶えていた。心底げんなりして、ナルトは疲れきった溜め息をつく。まったくこの男は、どうしてこんなにもナルトのことが大好きなのだろう。いやそれは構わない、全然構わないとして、何だってこう愛情表現が変態的なんだろう。
ナルトがサスケに求めているのは、もっと清く健全なお付き合いなのだ。

「サスケ……いつまでもうずくまってねーで、いい加減起きろってばよ」

ナルトはため息交じりに呟いた。あくまで呆れたように言ったつもりだったのだが、サスケは少し体を震わせると起き上がって四つん這いの姿勢のままいそいそとナルトの足元まで戻ってきた。……違う。そういう意味ではない。
サスケは潤んだ瞳でナルトを見上げてくる。息を呑む音がこくりとリアルに響いた。

「ナルト、おねが……ちょっとだけ、だから」
「もっかい蹴るぞ」
「やッ……はぁん」
「だから喜ぶんじゃねーってばよ!!」

ナルトの脅しに、サスケは頬を赤らめて期待するようにふるふると身体を震わせただけだった。なんだこいつ、どうすればいいんだろう、無敵だ。頭を抱えていると、サスケはナルトの返事も待たずに再び足に手を掛けてくる。その息が、荒い。

「あん……」
「誰も良いなんて言ってねーだろこの変態がぁぁぁ!」

身の危険に思わず叫んで、ナルトは靴底でぐりぐりとサスケの肩口を踏みつけた。

「あぁッああアあああッ、やンぁあ」
「気持ち悪いぃぃぃ!」
「いやぁッ…………もっとぉ」
「黙れ変態!」
「あッ、イイ……っ」

おかしい。俺はただサスケを黙らせたいだけなのに、どうして喜ばせている結果になっているんだろう。これは断じて俺のせいじゃない、サスケが悪いんだ、サスケが。
ナルトはなんだか泣きたくなった。子供のころからずっとずっと追い駆けていたのだ。サスケもまた自分のことを好きだったと判明した時は、本当に天にも昇るような気持ちだったのに。どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。まさかサスケがここまでの変態だったなんて思ってもみなかった。
どうしたって俺はノーマルだ。サスケの希望には応えてやれないのだ。サスケはまだナルトの気持ちに気付いていない。引き返すなら今のうち、それでもその決心はなかなか付かなかった。どうしたってナルトはサスケに惚れてしまっているのだ。

「サスケ……」

最後の賭けだと、ナルトは真剣にサスケの名前を呼んだ。サスケの瞳がナルトを見上げる。ごくりと息を呑む。

「俺はお前のこと、その、罵ったりとか殴ったりとかあんましたくねーんだ……だってほら、大事な仲間だしな」
「ナルト……?」
「そっそれにその、俺べつにお前のこと嫌いじゃないっていうか……お前がいいなら、つ、付き合ったっていいし……だからその、あんまり変態的なことは」

心臓を高鳴らせながらサスケの瞳を真っ直ぐに覗き込んで反応を伺う。サスケはしばらくの間ぽかんとした顔でナルトを見上げていると、次の瞬間かぁ、と頬を赤らめ瞳を潤ませた。その表情に思わずドキリ、ときたのは男として当たり前、なはずだ。はやる鼓動を抑えながらサスケの返事を待つ。

「……ッ、」

サスケが口を開く。

「ど、どうしたんだよ、ナルト……!」
「………へ?」
「そんなの……っ、あんまりじゃねーか……!いつもみたいに罵って、蔑むような目で俺を見てくれよ……!」
「……………」
「でないと俺……っ、ナルトぉ……」
「…………………うん」
「ふぇ?」
「………………お前の気持ちは、よーく分かったってばよ」

まともな答えを期待したナルトが間違っていたのだ。
涙目になりながら、キッとナルトはサスケを見下ろす。次の瞬間ナルトは再び足の裏をサスケの肩に押し付けると、ぐりぐりと目一杯踏みつけた。もはや自棄だ。

「うわああぁぁん!!サスケの馬鹿野郎―――――――!!!!」
「あッあああッあ、あ、やん、ナルトぉ……!」
「この変態!ドМ!淫乱!!!」
「やっ、やっやっ、ナルトぉ、そんなっ、激し、あぁあッ、あん!」
「お前なんか、こうやって踏まれてんのがお似合いなんだーうわーん」
「ひ、ああぁあ、あァああん!」

最後に頬をべしっと蹴って、ナルトは肩で息をした。蹴飛ばされたサスケが再び床にうずくまる。サスケは涙目で(曰く、激しかったらしい)俯いていたけど、泣きたいのはこっちの方だった。告白さえまともに受け取ってもらえないとは。こんな酷い話があるだろうか。あぁどうして、俺はこんな奴を好きになってしまったんだろう。
見ると、サスケは未だ床の上で俯きふるふると身体を震わせていた。流石に、今のは少しやりすぎただろうか。思って、慌てて声を掛ける。

「サス、ケ?」

サスケは潤んだ目でナルトを見上げると、はふ、と吐息を漏らす。

「………………もっと……」

――あぁ、どうせそんなことだろうと思ったってばよ。
そう思う反面、真っ赤な顔で自分を見上げ瞳を濡らしてすり寄ってくるサスケの姿に思わずムラ、と来た。

(……いやいや)

否定しつつ、思わず再び足を上げる。つん、と親指でサスケの頬をつくと、サスケはきゅっと目を瞑り期待するようにふるふると身体を震わせた。その姿にまたムラムラとくる。これまでおぞましさからこういう時のサスケをあまりよく見ていなかったし意識するなと言い聞かせてきたけれども、顔や反応だけ見ればサスケはそのへんの女なんかとは比べものにならないほどかわいいのだ。

ナルトは思った。この変態と付き合うには、もうこいつのこういうところを受け入れるしかないんではなかろうか。そうだそうするしかない、それ以外にもはや道はないのだ。仕方ない、断じて俺が変態なのではなくて、あくまでこれは不可抗力だ。

(そう、仕方ない、仕方ない)

思って、ナルトは思いきりサスケの頬を踏みつけた。





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ナルトさん流されグッドエンド
2012.04.01

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