俺はその声を確かに聴いたんだ。

降り続く雨が断続的に窓を打った。しとやかに、それでも絶え間なく響く雑音が、室内の静けさと相俟って感覚をおかしくする。まるでナルトのいるこの部屋だけが、世界から切り離された小さな箱のようだった。電気も付けない薄闇の部屋。外界から遮断されたこの空間。外側の世界は一点の光の差し込む隙間もなく曇り涙を流している。まるでサスケの心のよう。
サスケは泣きつかれた子供のような声で、離せよ、と言った。逆らうようにナルトはサスケの背中に回した腕に力を込める。くしゃくしゃになったベッドの上、ナルトはサスケの身体を向かい合うように抱きしめたまま離さなかった。肩口に顔を埋めて吐息を漏らす。サスケの身体は力なく、離せと言いながらナルトの身体を突き返すのも怠そうに頼りなかった。ナルトの肩越し、サスケの震えるような吐息を感じる。はなせ、とサスケはもう一度空気を震わすような頼りなさで言った。けれどもナルトは頑なに腕の力を抜かなかった。

もうずいぶんとサスケの背中ばかりを見ていた。あの日振り払われた手、その感触ばかりを思い出していた。その背中を追い駆けることもできなかったあの頃の俺は。孤独な子供同士引かれあって、鏡のような自分たちを笑い否定しそれでも求め合いながら、ただ伸ばした手を拒絶されることだけを恐れていた。真っ暗な小さな世界の中で、サスケのいない無味乾燥な世界を意味もなく過ごすことしかできなかった。

けれども俺は声を聴いたよ。たぶん俺だけが聴いた。涙の代わりに血を流すお前の声を。狂うような、お前のその声を。どれだけ離れていても、どれだけ隔たれていても、耳を澄ませば聴こえるんだ。俺だけが、たぶんおれだけが。
それが俺にどれだけの力をくれたかなんてお前は絶対に知らないだろう。まるで光のようだった。俺はたくさん手に入れたよ。仲間だってたくさん、家族の愛情だって。母ちゃんから、父ちゃんから、愛を力を、勇気をもらった。それでもたったひとりがどうしても必要だったんだ。理屈じゃない、本当にどうしようもない、ただお前を求めていた。持ってて失ったお前に、手に入れたおれが手を伸ばすのは残酷かもしれねぇけど、それでも。教えてやりたかった。俺は、俺だけは、傍にいるって。

たとえお前がすべてを敵に回しても。
俺は敵とか味方とかじゃなくて、そういうんじゃなくて、ただ傍にいるんだ。
俺が傍にいてほしい。これはおれのエゴで、こんな汚い感情はもはや愛とすら呼べないかもしれないけど、それでもいい。この唯一無二の感情に名前なんていらない。おれたちはいつでも鏡合わせで、だからそう、おれは、お前を求めている。足りないところを補うように。ふたりでひとつになれるように。

なんでだよ、とサスケが消え入りそうな声で呟いた。その表情はナルトの肩に埋もれて見えなかった。耳元で黒髪がパサリと揺れる。

「なんでお前は、俺を……」

それっきりサスケは息をのむように喉を鳴らして、ただナルトの肩に額を押し付けたまま黙り込んでいたけれども、その続きは言わなくても分かった。
なんでかって、そんなの。

「お前がそれを、望んでいるから」

サスケは初めて顔を上げて、まだ背中に腕を回したままのナルトの顔を見上げた。黒い双眸が動揺を隠しきれないようにわずかに揺れる。そんなの、とサスケは喉を震わせた。否定の言葉を呟こうとぐにゃり歪んた唇は、しかしそのまま閉ざされた。再び俯いたサスケの額が、とんとナルトの肩に乗る。

「……ばかやろ……」

力なく震えたサスケのくちびるが愛おしかった。背中に回した腕の力を強くする。俺はたぶん、この手を二度と離さないだろう。どうにもならないことだらけのこの世界で、たったひとつだけどうにかしたい、このひとりを。この手が必要なのだ。俺はお前がいなきゃ、孤独もいっしょだから。
そばにいてくれ。






バイマイサイド
(130106)