「ほら、ここはこう。んで、そっちはこうだ」
「あーはいはい、わかったってばよ……んで、こっちはどーすんだっけ?」
「その件はまだ保留だ。ほら次、これ。そこの下の欄に署名しろ」
「はいよー。……いやぁほんと、サスケがいると仕事がはかどって助かるってば。さっすが俺のサスケだなー」
「てめぇ、いいかげん一人でデスクワークぐらいできねぇでどうすんだ。お前がいつまでも書類片付けらんねぇから、こんなになるまで溜まんだろうが」
「まぁ、そう言うなって……んで、ここはどーすんの」
「あぁ、それはだな――」
「って、あぁもう、サスケえええぇ!」
「あ!?」
「もう我慢できねえぇぇ!お前このままじゃ俺の身がもたねーから言うけどな、さっきから生殺しなんだよ!いちいち後ろから書類覗き込んできがって、近ぇの、顔が!それなのに触ろうとすればぴしゃんて手ぇ叩きやがって、どんだけ女王様なんだってのお前!目の前にさんざん生肌チラつかせといてお触り禁止とか、ありえねぇだろォ!」
「なッ、て、てめぇなにふざけたこと言ってやがる!いままでちゃんと集中してたのかよ!」
「してるわけねーだろォォ!サスケがこんな近くにいるのに、集中なんてできるわけねーってば!……な、触りたい。さわっちゃダメ?てかお前、なんでそんなにキレーな肌してんの?髪とかなんでそんなに艶あんの?なんでいっつもいい匂いすんの?シャンプーとかの匂いとも違うよなぁ。やっぱアレ?フェロモンみたいなの出してんのかってば?それって年中無休?それとも俺の前だけ?まさか誰彼かまわず振りまいてんじゃねぇだろうなぁ。なぁなぁサスケ、返事しろってば」
「し、しるかよそんなこと!いきなりわけわかんねー質問攻めしてくるんじゃねぇ!ふざけやがって、てめぇその口塞がれてぇのか?」
「え、それってサスケ、ちゅう――あだッ!!!」
「ッてめ、いっぺん死んでこい!」
「さ……さすがサスケだってばよ、容赦ねぇ、ちょう痛い……あれ?これ瘤できてね?」
「それ以上傷増やしたくなかったらとっとと手ぇ動かしやがれ」
「うん……でもお前のそうゆうつれねーところも照れ屋さんなところも、俺好きだってば……!あぁもうたまんね……ッ!」
――ねぇ、俺たちどういう反応すればいいんだろう。
そう途方にくれた瞳で訴えかけてきたチョウジに向かって、シカマルは見るな聞くな気にするなと必死の目くばせを返した。アカデミー時代からつるみスリーマンセルを組んで数々の任務を潜り抜けてきた親友、アイ・コンタクトはばっちりだ。チョウジは一瞬もうムリこれ限界、という泣きそうな顔をして、それでも大人しく目の前の書類に意識を戻す。否、無理にでも現実逃避を決め込もうとする。
書類たまってんだ、おわらねーんだ、なぁ俺もう一週間も火影室に籠もりきりなんだってばよ、おねがいだから助けてくれ。そう、アカデミーの廊下で七代目火影様に情けなく泣きつかれたのが今日の午前中(どうでもいいけど仮にも火影がなんでこんなところうろついてんだ、と思わずつっこみたくなった)。昔なじみでもあり現火影でもある男に白昼堂々縋りつかれたら断ることもできず、隣にいたチョウジも巻き込んで助っ人として火影邸に引きずり込まれたのが昼を過ぎたあたりだ。
――それから、三時間。
まるで拷問のように、現在のこの状態が続いている。
書類がいつまでも片付かない、って。
(んな職務態度で終わるわけねぇだろォォォォォ!!!)
シカマルは大声で叫び出したくなった。が、なんとか理性で抑えた。まだぺーぺーとはいえ自分は仮にも上忍である。この程度で感情的になってはいられない。おちつけ俺、クールダウン!
それでも、こちとらいろいろと大人の事情があるとはいえ、忙しいなか久々のオフを潰し昔の誼で手助けに来てやったのだ。だというのに感謝されるどころか、三時間にも渡って砂糖でも吐きそうなほどのイチャつきぶりを見せつけられるとは。これはなんという嫌がらせだろうか。山のような書類を片づけているのはほとんどシカマルとチョウジの二人だというのに、あんまりだ。
第一手伝ってと泣きついてきた当の火影が、仕事もほとんど進めずにアカデミー時代から想いを寄せてきた優秀な火影補佐に夢中になっているというのはどういうことか。サスケは今や、夜闇に閃くナイフのような鋭く尖った強さと美しさを誇る里随一の上忍だ。うっかり手を出そうものならば明日の太陽を拝めるかすらも分からない。そんな、里中から恐れられ憧れられている男なのだ。そのサスケにあんな態度を取って無事に済むのは、木の葉広しといえどもナルトくらいのものだろう。喜ぶべきか悲しむべきか、いくらつれなくて口が悪くてお前ほんとにナルトのこと好きなのかと問いただしたくなるほどに暴力的だったとしても、サスケはナルトにベタ惚れだった。
あぁ、良かったな。お前ら昔から、お互いにお互いのことしか見えてなかったもんな。サスケが一度里抜けしたときはどうしたものかと思ったけど、ほんと、くっついてくれて良かったよ。だからもう頼むから俺達を巻き込むな!二人で勝手にやってろ、お幸せに!
そんなシカマルの心の叫びも虚しく、火影と火影補佐の殺人級のいちゃつき、というよりもはや火影の一方的な口説きは延々と続く。
「サスケ」
「…………」
「なぁなぁ、サスケってば」
「あとは判押しだけだろうが、無駄口叩くな」
「まぁそうツンツンすんなってば。な、やっぱ俺、ダメみたい」
「……あ?」
「サスケ不足で死ぬ」
「てめぇ、次その口開いたら速やかに殺す」
「おっかねーこと言うなってばよ!お前が言うと冗談に聞こえねぇから怖ぇよな……――な、ちゅーしよ?」
ぶ、とシカマルは噴き出した。
チョウジは、聞くなって言ったくせにシカマルだってしっかり聞いてんじゃん、という微妙な視線を寄こしてきたが、そこは彼なりの優しさで何も言わないことに決めたのだろう、目の合った瞬間すぐに逸らされる(だがしかし視線でモロバレだ)。
「ふッ……ふざけたことぬかしてんじゃねー!!」
「大真面目だってばよ、サスケェ!お前一週間もおあずけしやがって、俺を殺す気か!?」
「お前が仕事しねーからだろうが!それぐらいで死ぬんならさっさと死にやがれ!」
「てめぇサスケちゃんよォ……!本当は今すぐお前押し倒してムリヤリにでも突っ込んであんあん啼かせてやりてーの、人前だからキスで我慢してやるっていってんだろーが!俺のやさしー譲歩をムゲにすんじゃねーよ!」
「それのどこが譲歩だてめぇ!」
シカマルはもはや怒る気力もなく、あ、人前だっていう自覚はあったのか、と感慨深げに思った。なーんだ、てっきり俺達の存在を忘れているのかと思ってた。俺達がいるってわかっててその態度なのね。そうかそうか。
――火影やめろこの腐れ外道。
シカマルが胸中で毒を吐いたのと、ナルトがサスケに手を伸ばしたのは、ほぼ同時だった。サスケのスッとしたラインの顎をくいと掴み、ナルトは身を乗り出す。ナルトの顔がサスケの顔にものすごい勢いで接近していく。あれ、と思う間もなく。
ちゅ。
唇が重なった。
「……ごっそーさん」
ほんの数秒程度の、触れるだけのキスだ。離し際ぺろりとサスケの下唇をなめて、ナルトは意地の悪い男の表情を浮かべ、にやりと笑う。
死ね。シカマルは思った。
チョウジはあんぐりと口を開けて、呆然とした表情で二人を眺めたまま固まっていた。サスケに至っては無言で俯き、拳を握り締めぷるぷると震えている。どうやらまともな神経の持ち主であるサスケはこの腐れ外道の暴挙にとうとうキレたらしい。いい気味だ、とシカマルは笑う。おうおう、そーだナルト、てめぇなんか愛しのサスケに一発殴られちまえ。いや一発じゃ足りねえよ半殺し、いや四分の三殺しだ。
いけ、サスケ。やっちまえ!
が、しかし。
「う、うすらとんかち…!てめぇ人前で、な、なにしてんだよ…!」
次の瞬間サスケはかあぁぁッと頬を染め、恥じらいたっぷりに顔を背けたのだった。
泣いてもいいですか。
あぁ、ごめん、ごめん。恥ずかしかったよな。じゃあ早く家帰って、続き、しよーってば。ナルトはムカつくほど格好いい笑顔をさらりと浮かべ、何事もなかったかのようにバリバリと仕事に取りかかり始める。サスケはほんのり頬をそめて、わかりゃーいいんだよ、と再びよくわからないツンを発動させてそっぽを向く。ダメだこいつら、早くなんとかしないと。そうだ、火影を呼べ。こんな奴等はさっさと里外に追放しちまえ。思って、あ、そういやこいつが火影だった、と思い出した。
木の葉の里は、今日も平和です。
本日快晴にて
(091115)
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