「バッカじゃねーの」
ひんやりとしたタオルをそっと額に乗せられて、視界が半分塞がれた。ピピピ、と電子音。同時にすぐさま体温計を引き抜かれて、文字盤を覗き込んだサスケがフン、と鼻を鳴らす。
「38度4分。うるせぇお前には丁度だな」
「ちょ、さっきから病人に向かって失礼だってばよ」
「黙れ喋るな大人しくしてろ」
サスケはすくりと立ち上がるとキッチンに向かって、食器棚と薬箱を適当に漁ると水と薬を片手に戻ってくる。起きれるか、と背中に手を添えられて、薬を渡され甲斐甲斐しくコップを唇に添えられた。
「ほんと、馬鹿だろ」
背中を擦られて、嚥下したのを確認すると慎重に身体を横にされる。空気が通らないようにしっかり毛布をたくしあげられて、口元までが温かい質量に包まれた。
「今何月だと思ってんだよ。八月だぞ?真夏だろーが。なんでこんな時に風邪引くんだ、任務まで休みやがって」
何か答えようとする前にサスケはまた忙しなく台所に向かって、冷蔵庫からポカリスエット(先程サスケが買ってきた)を取り出すとコップと共にナルトの枕元に置く。そうしてまた少しずれた濡れタオルの位置を直した。
「サスケさぁ……」
「水分は大事だからな。飲みたくなったら言えよ」
「サスケってば」
「寒くねーか、腹はまだ減ってねーよな。なにが食べたい」
「……サスケ」
「なんだ」
「…………なんでもないです」
――愛だ。
声に出さずにナルトは思った。
朝から体がしんどくて、あーこれちょっとヤバいかもな、風邪ひいたかな、とは思っていた。真っ赤な顔で火影邸に行ったら呆れ顔の綱手に足手纏いだとシフトチェンジ、さっさと治せと追い返された。
実際風邪はそこまで酷いものではなかったのだが、人恋しくなったナルトは本日任務が入っていなかったはずのサスケに電話をした。掠れた声で風邪ひいちまったってばよーと笑うと、およそ三秒の沈黙の後なにも言わずに電話はぶち切られた。つー、つー、という虚しいラインの音を聞きながら、あっれー俺達恋人じゃなかったっけ、いやまぁ普段のサスケの態度はそりゃあ剣山よりもツンツンツンツン尖っているけど、でもこんな時くらい心配してくれたっていいんじゃないのかってばよ、この薄弱ヤロー、とかなんとか思いつつ、適当に布団を引っ被って泣き寝入りをしていた、ら、その五分後サスケが来た。
ポカリスエットとその他食材を引っ提げて、壊れる勢いでドアを開きこのウスラトンカチがと決まり文句。ちなみにサスケのアパートからナルトの家からは普通に歩けば片道十五分。愛だ。途中でコンビニにも寄ったのなら二十分。まさしく愛だ。
呆然とするナルトに勝手に上がり込んできたサスケは体温計を突っ込んで布団を重ねてタオルを絞って、手ずから薬を飲ませて再びベッドに寝かせた。まごうことなき愛だ。これを愛と呼ばずしてなんと呼ぼう。
「……うん、お前、いい奥さんになれるってばよ」
「はぁ?寝ぼけてんのかテメェ」
先程から罵倒の言葉を止めないサスケはそれとは裏腹に甲斐甲斐しくナルトの看病をする手も止めない。表情も口調も至っていつも通りなのに全身からナルトを心配するオーラが満ち溢れているのは無意識なんだろう。たぶん自分でも気付いてすらいない。馬鹿だ。愛だ。なんてかわいい生き物なんだこんちくしょう。
あまりにサスケがアホ可愛くてへらへら笑っていたら、笑ってんじゃねぇよとタオル越しに額を叩かれた。けれどもぜんぜん痛くない。愛だ。懲りずに口元をにやつかせていると訝しげにサスケに顔を覗き込まれて、タオルを退かし額に手のひらを宛がわれる。
「なんだってばよ」
「……熱上がってアタマおかしくなったのかと思って。ん、変わんねぇな」
意図せずに至近距離でサスケの整った顔立ちを見上げることになって、自然と頬が赤くなった。ぽけーっとサスケを見つめていると視線を落としたサスケとばっちり目が合って、思わず余計に赤面する。
「……なんだよ、やっぱ顔、赤ぇぞ」
「な、なんでもねぇよ」
アホな下忍の頃ならまだしも、今になってもまだサスケに見とれてしまうような自分の脳みそと、ついでにどこか余裕なサスケになんだか悔しくなった。せめてもの悪あがきと精一杯の笑みを返す。
「いや、サスケが来てくれたからさ。しあわせだなって思って。嬉しいってばよ。……あんがとな」
数秒の沈黙。取り敢えず「うぬぼれてんじゃねーよこのウスラトンカチ!」という来るべき罵倒に構えていたナルトは、黙ったままぎゅううと毛布の端を掴んだサスケの手を見てあれ?、と首を傾げた。震える腕を辿っておそるおそる視線を上げる。
……真っ赤だ。ナルト以上に。
「えっ、あれっ、うそ、お前まさか……え、赤面?」
「……う、っるせぇ!黙れこのウスラトンカチ!」
「えっ、だってお前、かお、まっか……」
「黙れっつってんだろ!わりーか馬鹿!死ね!風邪こじらして死ね!」
真っ赤になった顔で小学生並の語彙で罵られてもなんの迫力もなかった。むしろ可愛らしいレベルだ。なんてかわいい生き物なんだこんちくしょう。つられてナルトまで耳まで赤くなる。
……風邪うつった?っとにやにや笑ったら調子に乗るなとアッパーカットを喰らった。けれどもやはり、ぜんぜん痛くなかった。
うん、愛だ。
イン・ア・ラブ
(110326)
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