「……濡れた服着たままじゃ、風邪ひいちまうだろうが」
「だからってお前なぁ……!こんな公衆の面前で、ほいほい脱ぐんじゃねーってば!」
「森ン中だろうが!……だいいち女でもあるめーし、なに言ってやがんだてめぇは」
そうだよお前は女じゃねーよ。でもその辺の女よか、よっぽどヤバい見た目してんだよ。あぁそうです神様、認めます。こいつはほんと、外見だけは馬鹿みたいにきれーな奴なんです。だから俺がついドキドキしてしまうのも、ムカつくけど仕方のないことなんです。しかも最悪なことに、本人にその自覚がないときた。ひょっとするとこいつ、すごくあぶなっかしい奴なのではないだろうか。いかんせん、己の容姿に対する自覚が足らなすぎる。わかってんのかよ、サスケ。お前はほんと、男女問わずおもわず見とれちまうようなツラしてんだよ。それなのにそんな無防備にしてっといつか、よからぬ輩に襲われちまうぞ。
少しは自覚、持てっての。
ナルトはサスケの腕を掴むとばばっと立ちあがって、荷物を置いておいた川岸の岩の元に走った。そうして任務が始まる前に脱いでいた愛用の上着をひっつかみ、バサリ、剥き出しの白い肩に派手なオレンジのそれを被せる。
「――これ、着てろってばよ」
きょとり。サスケは切れ長の瞳を大きく見開いて、驚いたようにナルトを見上げた。そうすると年相応に幼く見えて、意外とかわいらしい。最近ではもう、だんだんと見慣れてきた表情だ。呆然とするサスケに頓着せずに、ナルトは真剣な顔をして細い身体を上着で覆う。こいつは俺が守ってやらねぇと。そんなおかしな衝動でいっぱいだった。
サスケはしばらくの間、いったいこいつはどうしちまったんだというような顔をして、思案げに自分に着せられたオレンジ色の上着を睨んでいた。それでも数秒後ようやく驚きから立ち直ったのか、ごそごそと上着に腕を通し始める。ナルトには少し大きい上着がサスケにはぴったりで、それが少し悔しい。
――が、しかし。
そんなちっぽけな悔しさはすべて、次の瞬間のサスケの行動で宇宙の彼方に盛大にふっとんでいた。
サスケはナルトの上着の隣に置いてあったデイパックの中から清潔そうなタオルを一枚取り出すと、それをふわり、ナルトの頭に掛ける。そしてあろうことか、雫滴るナルトの金髪を、タオルの上から二つのてのひらで包みこんできた。
「お前も……はやく乾かさねぇと、風邪ひくぞ」
かしかしと柔らかく髪を拭かれ、ふわり、タオルの清潔な匂いとサスケのほのかな香りが鼻腔をくすぐる。急接近した距離、サスケの顔が真っ正面、驚くほど近くにあった。透き通る肌に形のいい目鼻だちが目の前に広がって、長い睫の一本一本までもがナルトの目に鮮明に映った。サスケがいたずらっぽく口元を上げる。その桜色の唇が、小さく笑みを象る。
「お前、意外とやさしいところあんだな」
冗談めかした声音で、くすり、耳元で囁かれた。
ピシリ。頭のてっぺんから爪先まで、ナルトは固まった。
サスケが小さく首をかしげる。
「……ナルト?」
「な……てめ、な、ななななななな、」
ナルトは全身から力が抜け落ちたように、へたへたとその場にしゃがみこんだ。もはや大声で叫び飛び退く余力もなかった。
なんなんだ、お前は。いったい俺の心臓をどうすれば気が済むんだ。そうか破りたいのか、俺のいたいけなハートを破裂させれば、それで気が済むのか!
その音ひとつひとつに滴るような色香を滲ませた艶やかな声で、幼さの中に男を誘うような響きを含ませたあやしい囁きを寄越しておきながら、それでもこいつは無意識なんだ素でやってるんだ、べ、べつに誘われているわけじゃないんだだからおちつけ俺ええええ!ハートよ沈まれェ!太陽ォォ!ギラギラうるせぇんだよ!まだ六月だろーがちったぁ自重しやがれェェ!
(助けてサクラちゃん、この生き物ってば超危険だってばよ!!)
心の中でお天道様に謂われのない八つ当たりをしながらも、ナルトは未だに木影でカカシと談笑している第七班の唯一の女の子に必死に救いを求める。助けてくださいサクラちゃん。このままじゃ俺はいつか、サスケに殺される。
そう、こいつはきっとデストロイヤーだ。人の心臓を激しく脈打たせては破壊する、それでいて本人はいたって自覚のない、とんでもない天然破壊神なのだ。
そう思えば、サスケの言動にいちいち振り回されては逸る心に戸惑っている自分がなんだか馬鹿らしくなってきた。そうだ、なにを戸惑うことがあろうか。くどいほど言おう、サスケの外見にみとれない人間なんて、そんなものはこの世に存在しないいたとしたらそれはきっと火星人だ。それならば、ドキドキしたって。サスケはガキで男のくせにフェロモン垂れ流しマシーンで天然デストロイヤーなのだから、ナルトがドキドキしてしまうのはむしろ当然のことなのだ。ナルトはただ破壊神の被害を被り哀れにも踊らされていただけの、れっきとした被害者だった。だって仕方ないだろう、あの美貌に抗える奴なんかこの世に存在するわけがないいたとしたらそいつはきっと金星人だ。
なぁんだ、なら俺ぜんぜんおかしくねぇじゃん、と思う。これが普通、普通なのだそうに決まっているのだ。今度サクラちゃんやカカシ先生にも聞いてみよう。きっときっと、同じ答えが返ってくるはずだ。
だってサスケにドキドキする理由なんて、それ以外考えられない。
――それだけなんだよ、本当に。
(それ以上の意味があって、たまるか)
「……あーあ、なんか俺もう、考えすぎて疲れちまったってば……」
「ん?あぁ、でもあとは指輪回収したら任務終了じゃねぇのか?」
「サスケ……俺、ぜってー負けねぇかんな……!」
「あ?指輪探しにか?べつに張り合ってねぇよ、拾いたきゃ勝手に拾ってこい」
「……お前なんかに……好き勝手踊らされて、たまるかァァ!!」
「――なにわけわかんねーこと言ってんだ、お前」
「負けねぇ!ぜってぇ、負けねーかんなァ!あのお天道サマに、誓ってやらァァァァ!!!」
「……そうか。まぁ、がんばれ」
噛み合わない会話にサスケは面倒臭そうに顔を顰め、付き合っていられないと言わんばかりにナルトの上着を羽織ったままカカシ達の元にすたすたと歩いて行ってしまった。去って行くその背中を睨み付けながら、あれでもサクラちゃんもカカシ先生もサスケと普通に話せているよなぁ、と思う。何かデストロイヤーに対抗するコツでもあるのだろうか。やっぱり今度、聞いてみよう。
胸のうちに打倒サスケの密かな決意を秘めて、ナルトはすんと鼻を鳴らし手元に残ったタオルの匂いを嗅いだ。
ふわりとした洗剤のいいかおりが鼻腔に広がって、あぁ、でもやっぱりサスケ自身の方がいいにおいだ、となんとなく思った。
きみのとなり
(091115)
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