※カカサスで未来捏造。カカシが火影です
それを手にした瞬間、気づけばボロボロと涙をこぼしていた。
古びた箪笥の奥深く、まるで外界から遮断されるように仕舞われていたそれは周りの服よりひとまわりもふたまわりも小さい浴衣だ。むかし、まだ大してむかしでないむかし教え子が風呂あがりに好んで着ていたものだった。子供の家にはたくさんあるからといって、一枚はここに置きっぱなしになっていたのだ。
そんな懐かしいものが未だにここに眠っていたことよりもまず、まだ自分がこんなふうに泣けるのだと気付いて驚いた。声を上げることもしゃくりあげるでもなく、ただ音もなくぼたぼたとこぼれおちてくるそれはまるでダムが決壊したみたいだ。
もう二度と涙を流すことはないと思っていた。
あの親友が死んだ日以来自分は泣くことを止めたし、それからはだんだんと悲しみを涙ではない別のものに返還する術を覚えていった。頬を伝う雫もそのもとになる感情も、とっくに枯れてしまったのだ。
あぁそれなのに。
ずっとずっと、悔やんでいた。あの日の少年を止められなかったこと。
俺を置いて行ってしまったサスケを恨んだしそれと同じくらい行かせてしまった自分を憎んだ。そのくせ物わかりのいい大人の顔をして泣き崩れる教え子ふたりを慰めた。胸のうちで暴れる感情は見てみぬふり、蓋を閉じてなかったことにしたのだ。ひとまわりも小さな少年に覚えた感情もその声もその笑顔も、全部。
そうして目を逸らしたまま、だから大切なことが見えないでここまで来てしまったのだろう。きっとまた自分は同じことを繰り返す。今更悔やんだってもう遅いのだ。
明日カカシはこの長年親しんだ古家を離れ、里一番の大きな屋敷に引っ越す。
あの日蓋をした記憶、この浴衣の持ち主を必死に思い出そうとして、その背丈も表情も話したこともすべて靄がかかったように霞んでいることに気付いた。そのくせカカシ、と自分を呼ぶ声だけは、やけに鮮明に耳に届いた。
あぁどうして自分はあの日あの木の上で、あんな言葉しか掛けてやれなかったのだろうか。教師としてありふれた言葉を並べたてるのではなく、ひとりの男として止めてやれば良かった。行くなよって言ってやれば良かった。抱きしめてやれば良かった。そうしたところで結果は同じだっただろう、それでもそうしてやれれば必ずなにかは違ったはずなのに。
後悔するにはあまりにも遅すぎた。次逢うときはきっと、火影と里に仇なす敵としてだ。そのとき自分はいったいどんな言葉をかけてやれるのだろうか。ただ黙って刃を交わすだけか。いずれにせよカカシはきっとなんの躊躇いもなく、あのしろく細い首をかき切れるのだろう。
だからただ今は古びた浴衣をぐしゃぐしゃに抱きしめて声もなく涙を流したかった。
教師と教え子でいられる最後の一日、せめてその間だけは愛していたかったのだ、こんなろくでなしでも。
記憶の海
(110402)
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