サスケのことを、ずっと見ていた。
幼馴染で、誰よりも近くにいて、誰よりもよくその瞳の色を知っていて、けれども俺はサスケにいったい何を与えてやれたんだろう?
サスケはひどく凪いだ、静かな声で、お前には絶対に分からないと言った。俺はお前が、うらやましくてうらやましくて仕方ないんだよ。自分が惨めでたまらないんだ。なぁお前、それを分かってんの? そうして、今にも泣き出しそうな顔で苦しそうな声で、ボロボロの心を剥き出しに、言った。お前だけは絶対に、だめなんだ。あの時のサスケの姿をナルトはもうたぶん一生忘れることができない。それは明確な、拒絶だった。
誰よりも一番近くにいた。サスケの孤独を、メンマだけが確かに知っていた。自分だけが分かってやれると思っていた。救ってやれると思っていた。
けれどもそんなものは全部ぜんぶ、己の独り善がりでしかなかったのだ。救ってやる、なんてそんな傲慢な思いでサスケに手を伸ばそうとして、結局メンマはサスケがどんな気持ちで自分を見ていたかすら少しも分かってはいなかった。誰よりも傲慢で、愚かで、そしてその愚かさがサスケを傷つけたのだ。あんな、笑うのに失敗してひしゃげた、泣き出す寸前の子どものような声で、サスケが決して認めたくない己の弱さを無理矢理に暴かせた。後悔してもしきれなかった。
その日を堺にメンマは、サスケにどう接していいのか分からなくなった。自分がサスケに与えた痛みを考えれば、手当たり次第に女遊びをするサスケを前にしたってもはや何も言うことができなかった。だってメンマでは駄目なのだ。近しい人間じゃ、サスケの孤独を知っているような人間が相手ではサスケは惨めなままなのだ。それを知ってしまった。たぶん名前も知らない、深く関わりを持たないような女だからこそ、サスケは痛みから目を逸らせるのだろう。
あの最悪な告白の後も、サスケの態度は少しも変わらなかった。けれども他でもない、メンマ自身のサスケに対する接し方は変わってしまって、俺たちはもう元には戻れないのだと思った。何もなかったことにして以前のように笑い合うには、あの夜の後悔は大きすぎる。結局メンマに残されたのは、女遊びを繰り返すサスケをただ見ていることだけだった。
この頃にはもう、心の深い深いところ、自分でも認識できないほどの心の奥底で、サスケに対する歪んだ思いは育っていたのかもしれない。自分のものにしたい。こっちを見て欲しい。けれどももう、自分にはどうすることもできない。
出口を失って膨れ上がった感情は、たぶんただ決壊を待つだけだったのだ。
***
あれからメンマはこの部屋で、ずっとサスケを犯し続けた。
最初は抵抗を見せたサスケも、今となってはそんな気力もないようで(抵抗しても無駄だということに、いい加減気付いたのかもしれない)、嫌がる素振りを見せながらそれでももう暴れることはしなかった。時々ひきつったような声でメンマに暴言を吐きながら、その身体はされるがままメンマに揺さぶられてびくびくと痙攣している。
サスケの穴はもう、何度も中に出されたメンマの精液でぐちゃぐちゃだった。抽挿のたびに収まり切らなかった白濁が溢れ出てきて、サスケの下肢を汚す。どろどろに蕩けた中を硬くなったモノで貫くように擦ると、ふるりとサスケが白い肌を粟立たせた。笑い出したい気分だ。
初めは痛みしかもたらさなかったのであろうそこも、何度もを出し入れをされるうちに快楽を感じ取れるようになってきたのだろう。メンマに貫かれるたびに、サスケは声を抑えるのに必死だった。濡れきって、それでも必死にメンマを睨み付けてくる意思の強い瞳。噛み締めすぎて真っ白になった唇。たまにどうしようもなく扇情的な声を漏らしながら、それでもサスケはなけなしのきょうじを保とうと必死だった。こんな風に男に無理やり抱かれてもはやプライドもあったもんじゃないだろうに、何を偉そうにしているのだろうか。馬鹿みたいだ。
「――サスケ、さぁ」
ぐり、と奥を抉ってやると、サスケは感じきったように身体を震わせてん、と吐息を漏らす。
「ここすげー気持ち良さそうだけど、なァ、今どんな気分?」
「っん、あ」
「男のくせに、こーやってチンコ突っ込まれて、ヨガってさぁ。恥ずかしくないの?」
「……嫌、だ、ァ」
耳元で囁くと、サスケは屈辱に唇を噛み締めてぶんぶんと首を振った。けれども中はきゅうと締まって、よりキツくメンマを締め付けてくる。あぁ、こんなこと言われて感じてるんだ、変態。嘲笑って、また激しく抽挿を開始する。
再び耳元に唇を寄せて、なるたけサスケの心を抉るような言葉を吐いてやった。
「なぁ……お前に群がってる女ども、お前のこんな姿見たらどう思うかなァ?」
「っア、」
「こんなふうに男に後ろ突っ込まれて、オンナみたいにされてさァ……精液まみれになったサスケちゃんのこと見て、どう思うんだろ」
「んっ、クソ、野郎――あァっ」
可愛くない悪態を、奥を深く貫いて黙らせる。
サスケは感じきってどうしようもないように喉をさらけ出して喘いで、それから屈辱にまみれた瞳でメンマを睨み上げてきた。その瞳の色、射殺されるような視線の強さにゾクゾクとした。普段はけしてこちらを向いてはくれない、女の前で歪められた黒の瞳。それが今は光と熱と気持ちいいほど研ぎ澄まされた殺意を孕んで、真っ直ぐメンマに向けられている。反抗的な瞳。いいよ、その目、と思った。とことん捩じ伏せてやりたくてたまらなくなる。
わずかに逃げようとする身体を腰を掴んで無理やり引き寄せて、あえて乱暴に揺さぶった。サスケはひ、と涙混じりに目を見開いて、それから普段の澄ました顔からは想像もできないようなだらしのない顔で喘ぎを漏らした。そんなにキモチーのかよ、と嘲笑うとぶんぶんと首を振りながらまた中を締め付けてくる。自然と口の端に笑が浮かんだ。サスケを支配したような気分だった。けれどもまだ全然足りない。もっともっと身体も心も、どこまでも自分のものにして自分だけの色に染めてやりたい。
羞恥と快楽に染まって別人のように弛んだ表情。汗ばんだ額に貼りつく黒髪。抜けるように白い肌。メンマにいいように揺さぶられて、快感を覚え喘ぐサスケはやはり綺麗だった。
最初からこうしておけば良かったんだ、とぼんやり思った。淋しさを女で紛らわすより。毎夜毎夜違う女の身体を抱くより。
こうやって俺に抱かれる方が、お前にはお似合いだったんだ。
く、と酷薄な笑みを口元に浮かべる。
「どうすんだよ、サスケ。お前もう、女じゃ満足できなくなるぜ? ここの気持ち良さ、知っちゃったらさァ」
「……う、るせッ、……ひ、ァあ」
「あーあ、可哀想なサスケ。せっかく寂しい夜を、女で紛らわせてたのにな」
サスケを傷つける言葉をあえて囁いてやると、サスケは真っ青になった顔で目を見開いた。ふる、と真っ白になった唇を震わせて、サスケは戦慄いた声で呟く。
「……黙、れ」
「こうやってずっと羨んでた相手に為す術もなく犯されて、女にされて……なァ、惨めでたまらないだろ? ほーんと、可哀想なサスケ」
「だまれ」
「これからどうすんの? ここ気持ちよくしてもらうために、今度は男漁りでもすんのかよ。身体の寂しさ、埋めてほしくてさァ」
「黙れェ!――ッひ、あ、ぁあっ」
サスケはその目尻からぽろりと涙を溢れさせて、その瞬間奥を突いてやれば憎悪の混じった悲痛な叫びはすぐにみっともない喘ぎに変わった。サスケは自らの肌を溢れ落ちた雫に愕然として、けれども拭うことも止めることもできずに、ただぼろぼろと涙を溢し続ける。
メンマは歓喜の思いでその泣き顔を見下ろした。サスケのプライドなんて、心なんてズタズタにしてしまいたかった。そうして俺だけにすがっていればいい。俺だけのものになってほしい。美しいその身体を汚してやりたい。
憎悪でも恐怖でもいい。その瞳に、自分だけを映してほしい。
(サスケ)
――俺は、いつから。
いつから、こんな思いをサスケに抱いていたのだろうか。
もう、いつも見ていたあの夢がただの夢でないことは分かっていた。
あれは記憶だ。他の誰でもない、自分自身の――自分とサスケのこれまでの、記憶だ。夢の中のあの金髪、メンマという名前のごくごく普通の青年は、他でもない、この俺だ。
仮面の男としての己と、メンマとしての己。どうしてこうなったのかは分からない。確かに自分は仮面の男として力を欲し、闇にまみれた生き方をしてきたそのはずなのに、けれどもほんのつい最近まで、光に溢れた平和なあの場所が自分の居場所だったようなきがするのだ。温かな両親のもと、メンマという名で、サスケの隣に。
世界からひとり弾き出されたような気分だった。自分がいたはずの場所には今、やはり自分と同じ顔をした金髪の青年がいる。あれは一体何者だ。突然現れたマダラという男と、何か関係があるのか。
いずれにせよ、そこに戻る方法なんて分からなかった。俺はメンマで、けれどもメンマでなくなった存在。今の自分は闇の中を生きてきた仮面の男で、あんな明るい世界で生きていたなんて幻よりも頼りない記憶だった。あぁ俺は一体何者なんだろう。
こんなはずではなかった。確かに、力になりたいと。俺がサスケの孤独を埋めてやりたいと。温かく包んでやりたいと。ずっとそんな風に思っていたはずなのに。こうして今サスケを犯しているのは一体誰の望みだ? 仮面の男としての望みか、それともメンマとしての俺はずっと、こんな歪んだ想いをサスケに抱いていたのだろうか。
それははたしていつから? サスケをひどく傷付けたあの夜、自分は絶望とともにこんな狂気を生み出していのだろうか。
もはや考えるのも億劫だった。サスケは己を"メンマ"だと認識しているけれども、どうしたって今の自分が仮面の男であるのだということに変わりはないのだ。どうにでもなれ、と思った。どうしたって、今の俺はこんな形でしかサスケに触れることはできない。
サスケはもはや声を殺すことも忘れて、涙を流し子どものように喘いだ。なんだか愛しくなって、その頭をあやすように撫でる。サスケは曇った瞳でその温度に身をすくませて、それでも抵抗することはしなかった。白い喉が震えて、サスケがわずかに声を漏らす。
「……メン、マぁ」
こうしてサスケを組み敷いて以来、その名前で呼ばれたのは初めてだった。思わず動きを止めて、それからまたその響きを振り払うように直ぐさま律動を開始する。
涙に濡れた黒の瞳が真っ直ぐにメンマを見つめていた。その色から目を逸らすことができなかった。脳みそがうまく機能してくれない。本能のままに腰を振りながら、思考だけが別物のようにただサスケの揺れた瞳を見つめる。
「あ、ッ……なん、で、こんな……!」
サスケ、と名前を呼ぼうとして、けれどもその声は音にすらならない。
「……おまえの、それが、同情でも……それでも俺は、ずっと、ずっと……お前を……ッ!」
その続きは聞きたくなくて、メンマはサスケの唇を塞いで無理矢理に腰を打ち付けた。サスケはくぐもった嗚咽を漏らしてその感触に身を震わせる。初めてのキスは涙の味がした。塩っ辛い、味だった。
それはもう二度とやり直すことのできない、辛さだった。
メビウスの帯
(121030)
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