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蝉の声がした。

名前なんて分からない。どこから聞こえてくるのかも分からない。至るところからジリジリと、脳を狂わすような振動が鳴り響く。短命な彼らはそうしてその刹那の存在を地上に焼き付け、精一杯に生を謳歌するのだ。
眩しくてとても見ていられやしない。

照りつける陽射し。熱をもったアスファルトの上。長い長い下り坂を、ナルトはコンビニ袋を片手に歩いた。こちらを焼き殺すんじゃないかっていう太陽の猛攻撃、その熱を受けて鉄板みたいに熱を持った地面。うんざりとした気持ちでだらだらと歩を進める。
今日の天気は今季最高気温を突破し、本格的な夏の訪れが、云々、朝のニュースで美人なお天気お姉さんが言っていた。そんなどうでもいいことと、幼い頃よく食べた素麺の味を思い出した。長い長い下り坂、道の向こうはゆらゆら揺れて歪んで見えた。うなじを汗が伝う。

頭上に広がる空はどこまでも青く、雲はどこまでも白い。思い出したように吹く爽やかな風に揺れる木々。大学はとっくに休みに入った。夏だ。
子供というものは単純な生き物で、夏休み、これだけのワードで自ずとテンションが上がるものだろう。それを馬鹿にすることはできない。子供の頃のナルトも例に漏れず、夏が大好きな子供だった。かつての話だ。

歩を進める度、ジリジリと肌を焼く熱。じんわりとこもる汗。それらはけっして不快ではない。不快なわけではないのだ。澄みわたる青空は美しくて見ているだけで気分が高揚するし、流れる雲は雄大。いますぐこの坂道を駆け出したいような気分になる。

それでもナルトはもう、素直に夏にはしゃげる子供ではないのだ。

ポタリ、右手に下げたコンビニ袋から水滴が垂れた。この天気では、中のアイスももう溶けてしまっているかもしれない。向かう先は、大学生の一人暮らしには相応しいこじんまりとしたアパート。もう人生の半分以上を共に過ごしてきた、幼なじみの家だ。
放っておけば籠りがちになる、あの、仕方のない友人の。

蝉が鳴く。カーテンに締め切られた薄暗い部屋を思い出す。その隙間から漏れた光、それが照らした白い肌を思い出す。草木の輝きや頬をなぶる熱に心を躍らせた記憶なんて、今はもう昔の話だ。

蝉はあまり好きじゃない。
夏もあまり好きじゃなかった。


また、この季節がやってくる。





(121210)