「あ、ナルトにサスケくん。久しぶり!」
夏季休業に入ってから二週間。久しぶりに大学に顔を出したら、約束したメンバーはだいたい集まっていた。
食堂の一角に固まって座っている、サクラにいの。シカマルにチョウジ、キバが、ナルトとサスケを振り返っては手を挙げる。夏季休業中にいくつかの講義で出された課題を、協力して済ませようという話だった。
「よー。元気だったかお前ら」
「ぜんぜん元気じゃねーってばよー。もう夏バテでさ、ひでぇの!」
夏バテなのはナルトよりもサスケの方だったが、冗談めかしてナルトは笑った。キバはだらしねーなとナルトを揶揄って、それから笑ってサスケに顔を向ける。
「ていうか生きてたんだな、サスケ。てっきり暑さにやられて死んだのかと思ってたぜ」
「死んでねーよ。勝手に殺すな」
「だってお前連絡しても返事よこさねーんだもんよー」
「あームダムダ。こいつ夏弱くてさー、ちょうダメ人間になるから。ケータイなんて放置して、一日中へたれてるってばよ」
サスケに余計な弁解をさせる前に、冗談めかした口調で誤魔化すのはもはやナルトの癖だ。ムッと膨れるサスケも見ないふりをして、シカマルの隣の席につく。サスケも結局なにも言わずに、大人しく隣に座った。そういうことにしておいた方が楽なのだということは、彼自身も理解している。本当の理由なんて、とてもじゃないがそう簡単に他人に言う気にはなれない。
サスケはテーブルに持ってきた課題を広げて、室内に効いたクーラーがきついのだろう、ほんの少し身震いをした。アパートに引きこもりがちだったサスケにとっては、久々のまともな外出だった。朝(といっても昼近くだ)はずいぶんと億劫げに身支度を整えていたいたけれども、キャンセルを言い出さなかっただけマシだと思いたい。
サスケは心を許した人間以外との接触をあまり好まない。とくにこの季節はそれが顕著になる。それでも二週間ぶりに友人たちと会うのはそこまで嫌ではないのだろうか、心なしか表情は柔らかかった。
サクラたちは大学に進んでから、同じ学部ということもあって親しくなった間柄だ。いつも一緒に行動しているナルトとサスケはあまり他に親しい友人を作ろうとしなかったけれども、一緒にいると不思議と馬があって、休日に会うこともある。
ふと先ほどまで五人が囲んでいた机、サクラの手元をのぞきこむと、見慣れたチラシが目に入った。ナルトの住む地域では回覧板と一緒に毎年回される、一枚の案内。
「夏祭り?」
「うん。さっきみんなで話してたのよ。一度行ってみたいねー、って」
手渡されたチラシを手に取って、しげしげと眺める。そういえばもうそんな時期なのか、と思った。幼い頃から、毎年三人で訪れた。あまりに多くの思い出が詰まっている、この祭。
「……へぇ。これ、結構有名なんだな」
「って、なにナルト、知ってるの?」
「知ってるもなにも、これうちの地元だってばよ」
「えっ、本当!?」
目を輝かせるサクラに、うん、と頷く。近所の神社を中心に行われるそこそこ規模の大きい祭で、歴史も深いものだった。ナルトたちにはあまりにも馴染み深い。
「そういや、ガキの頃は毎年行ってたなー」
「おーっ、女とか?」
「バカ、こいつに限ってんなわけねーよ。どうせサスケとだろ?」
「……いやそうだけど、シカマルお前ちょう失礼だってばよ」
「ギャハハハ、色気ねー!」
うっせー、とキバを小突く傍ら、横目で隣のサスケを見やる。遠い目をして、もう毎年飽きるほどみた黒基調の鮮やかなチラシを見つめていた。
今ではもう、俺たちの間では話題にも出ない。
「でもこのお祭り、雰囲気いいって有名なのよ」
「そうかー? 普通に酔っ払いのおっちゃん達うるせーってばよ。あーでも確かに、浴衣着てくる奴は多いかなー」
「浴衣?」
「うん。うちの祭りじゃ女の子だけじゃなく、男でもほとんど浴衣着てるってばよ」
「え、っていうことは、サスケくんも!?」
ガタリ、と勢い良くいのが立ち上がる。急に話を振られたサスケは驚いたように顔を上げて、少し身を引いた。
「あ……あぁ、まぁ」
「サスケんち、母親が和服大好きでさ。浴衣たくさんあって、毎年着せられてたってばよ」
「えーなにそれ、見たいー!」
「ちょっといのー、落ち着きなさいよ」
「なによー、サクラだって見たいでしょ? ね、やっぱりみんなで行きましょうよ、夏祭り!」
「……まぁ確かに、それは、楽しそうよね」
サクラの同意にうんうんと首を振って、いのが今度はあまり乗り気でない顔のシカマルに話を振る。
「ね、行くわよね!」
「はぁ? めんどくせーよ。だいたい浴衣なんて持ってねーし」
「俺も。祭は行きたいけど、普通持ってねーよなー」
「ボクは持ってるよー。あそこのお祭り、屋台がおいしいんだよね」
「あーもう、あんたらの浴衣なんてどうでもいいのよ! 行くわよね、シカマル」
「……まぁ、ヒマだったらな」
その付き合いの長さ故か、シカマルはいのにまったく頭があがらない。この二人もまた幼なじみだった。何だかんだ言って、無碍に断ることはできないのだろう。
「で、ナルトは?」
「あー……」
ちらり、とナルトは横目でサスケを伺った。黒硝子のようなその双眸は、相変わらず手元のチラシに落とされていた。
意を決して口を開く。
「いや、俺たちは」
「サスケくんはー?」
やめとくよ、と完全に言い終える前に、サクラがサスケに振った。
ス、と黒眸が上がる。その顔はいつにも増して表情のない、なんだか能面のように顔色が悪くて、いたたまれない気持ちになった。
「……サスケ」
断っていいんだぜ、と小声で囁こうとして、その前にサスケの唇が開く。
「あぁ、いいぜ」
きゃー、といのの歓声が上がった。
びっくりして隣のサスケの横顔を凝視するナルトの傍ら、サクラといのがはしゃいだように当日の計画を立てはじめる。キバとチョウジも屋台談義に鼻を咲かせ、その隣でシカマルが今更逃げられそうもない空気にため息をついた。
サスケはそんな周りの様子など見向きもせず、何事もなかったかのように課題に目を通し始める。
まるで自分だけが置いていかれた気分だ。
『ナルトくん、サスケ』
差し出される大きな手のひらを思い出す。優しげな笑顔を思い出す。右手と左手、それぞれ手を繋いで、三人で並んで歩いた日のことを思い出す。買ってもらった葡萄飴のあの甘ったるいベタつきを思い出す。けっしてはぐれないようにしっかりと握ってくれる、その手への絶対的な信頼を思い出す。
その世界が崩れたのはいったい、いつからだろう。
どこかからずっと響いていた蝉時雨は、いつの間にかピタリとやんでいた。
遠くの方でゴロゴロと空が鳴る。窓の外の空気はきっと重く湿っているのだろう。
夕立が近い。
(121231)
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