Scene.1

ナルトは決意して顔を上げた。意思を込めたてのひらで、サスケの肩を包む。真っ直ぐにその瞳を覗き込む。

「――俺、火影になる」

サスケに、そして自らに深く言い聞かせるように、ナルトはその言葉を強く噛みしめた。サスケの瞳が見開かれる。
火影になる。それは昔からのナルトの夢だ。けれどもかつて自分の為に願ったそれには、今や別の目的があった。俺は一刻も早く火影になりたい。火影になって、絶対的な権力が欲しい。上層部の魂胆からサスケを守りたい。綱手にこれ以上の恩情を求めることはできかった。彼女には身に余るほどのことをしてもらっている。ナルトの私情で、上層部と余計な争いを起こさせるわけにはいかないのだ。だからそう、ナルト自身が火影になって、この手で、サスケを守るのだ。
ナルトを映すサスケの瞳は真冬の夜空のように深く澄んで静かな煌めきを湛えていた。揺れる美しい黒。この色をナルトは失いたくなかった。

「それで変えてやる――お前を、救う」

サスケはこくりと息を呑んだ。開け放した窓からふわりと流れ込んだ風が、夏の夜の匂いを孕んで揺れる。大きく見開かれた黒の瞳は、どこまでも美しくナルトの心を惹きつけてやまなかった。心臓が締め付けられるように苦しくなる。子供の頃から焦がれ続けた、この光。失うなんて耐えられない。

「……ありがと、な」

そう言ってサスケは小さく笑った。その言葉はあくまでナルトに向けられた優しさであって、けしてそれ自体を期待するものではなかった。もどかしくなる。こいつはいつもいつも自分のことは何一つ望んでいなくて、だからナルトは苦しくて堪らないのだ。もっとわがままを言えよ、自分の幸せを望めと言いたくなる。

両手で握り締めたサスケの肩は、大人の男にしてはあまりに細く頼りなかった。力を込めれば折れてしまいそうなこんな危うい身体で、こいつは戦っているのだ。幼い頃はあまりに大きくて、けれどもいざ触ってみれば存外に細っこく、いつかこの少年を守れるほど大きくなってやろうと誓った、この背中。今がその時だと思った。昔とは違う、今のナルトにはサスケを守れるだけの力がある。ずっとずっと追いかけてきた背中を、今度はナルトが救う番なのだ。
この瞳を見るたびにざわめく心臓の理由。ここまで必死に、守りたいと思う訳。自分の気持ちになどとうの昔に気付いていた。気付いて、否定して、誤魔化して、それでも隠しきれなかったこの気持ち。肩に掛けたこの手を背中に回して、今すぐ抱きしめたい。その体温を感じたい。澄んだ光を放つ黒の瞳に、どこまでも深く自分を映してほしい。
サスケが、好きなのだ。







Scene.2

「ナルト……俺は、目が見えなくてもやっていける」

ぽつり、サスケが呟く。

「……任務だって、失明した後も、問題なかった……写輪眼は使えねぇけど、これからだって大丈夫なんだ。だから……気に、するなよ」

ぼろぼろと涙が零れ落ちるのを止められなかった。あぁこんな状況でさえ、サスケが考えていることはどうやってナルトを慰めるかだ。自分のことなんてこれっぽっちも考えちゃいない。胸が痛くてたまらなかった。違う、と言いたい。おれが聞きたい言葉はそんな言葉じゃない。けれども喉はただカラカラに乾いて、みっともない嗚咽を漏らすことしかできなかった。もうなにも言っても伝わらない気がした。
涙にぐちゃぐちゃになった顔を上げて、サスケの頬に手を添える。サスケの瞳を見つめた。サスケの誰よりもきれいな、宇宙のような光を湛えて美しく生きていた二つの黒眸は、つるんとした硝子玉みたいに感情もなくただ光っていた。そこには何も、映ってはいなかった。なによりも雄弁にサスケの感情を語っていた、あの瞳は。

サスケの目が好きだったとナルトは狂うように思った。けれどももう遅い。この光は失われてもう二度と戻ることはない。サスケはこれからこの目で世界を見ることができない。もうその瞳に俺を映してくれることもないのだ。

ナルトはサスケの薄い身体をきつく抱きしめて、涙を流し続けた。サスケはまるで人形みたいに大人しく、何も見えない瞳でナルトの肩越しの世界をぼんやりと見つめていた。光のない、世界を。開けっ放しの窓から静かに風が吹き込んで、どこかで風鈴がチリンと鳴った。風の音も虫の音もすべてが遠い、蒸し暑い夏の夜だった。ただナルトの嗚咽の音とサスケの鼓動だけが、静かに、響いていた。