――それなのに自分はどうして今、またこの場所でこうしてナルトに抱かれているのだろうか。

後ろから覆い被さるようにして自由を奪われながら獣のように突き上げられて、情けなさに涙が込み上げてくる。頭がおかしくなりそうだった。三ヶ月前までは曲がりなりにも、こうして抱かれる理由があった。ナルトの言葉を聞き分けよく呑んだふりをして、抵抗しない言い訳にすることができた。それがどうだ。今の自分には大人しく言いなりになっている理由がない。こんな理不尽な行為を受け入れる理由がない。ここで抵抗しないのはサスケの意志だ。それだけで、怖くて怖くて仕方なかった。結局は自ら求めているのだと、他でもないナルトにそう知らしめられているようで。

この行為が終われば、自分の中でなにかが変わってしまう気がする。愛なんてない。理由もない。あるのは己の浅ましい欲情だけだ。言い訳がなくなってしまえば、もうナルトにこの想いを隠しきることはできない気がした。たぶん自分は粉々になる。浅ましい感情を再確認させられて、壊れきってボロボロになる。そうしてたがの外れたように、すべてを打ち明けてしまうだろう。もっとも恐れていたことが起こるのだ。馬鹿みたいだった。確かに一度は諦めると決めたのに。

希望なんてなにもなかった。叶うわけがなかった。あの日のキスのあとナルトはなにも云わなかった。つまりはそれが答えだ。

どうしたって、この想いは報われない。

ぽたり、額を伝った汗がシーツに垂れて、染みる。熱い滾りで身体の奥の奥を揺さぶられて、サスケの意志とは関係なしにまるで求めるように内壁が蠢いた。忘れていた感覚をまざまざと呼び起こされて、歓喜する身体を止められなかった。好きな角度で抉られてだらしなく声を漏らしそうになるのを、腕はナルトに封じられていたから代わりにシーツを噛み締めて堪える。声は聞かせない。聞かせられない。みっともなく喘ぐことなんて許されないし、ましてやナルトの腕に縋ることなんてできるわけもなかった。そんな甘やかな関係ではない。プライドだって邪魔をする。

それでもナルトはそんなサスケが気に喰わないのであろう、いつもわざとひどく攻め立ててはサスケを陥落させようとしてくるのだ。どれだけサスケのこころを滅茶苦茶にしてやれば気が済むのか。焦らすように浅くされて、無意識のうちに腰が揺らめいてしまうのが分かった。耳の後ろでナルトが馬鹿にしたように笑うのを、ぼんやりと耳にする。生理的な涙に視界が歪んで、あぁ泣いているのか、と他人事のように思った。みっともなくてシーツで拭う。感極まってわけが分からなくなってしまえばナルトの前で涙を見せることもあるけれども、そうでないときはできるだけ見せたくなかった。パサパサと髪が揺れて、露わになったうなじに口づけられぴくりと肌が粟立つ。自分でもどうしようもないくらい、興奮していた。異常だ。狂っているんじゃないのか。男に貫かれて、みっともなく善がるなんて。ここまでプライドを引き裂かれるなんて。

(それでもまだ、好きだなんて)

おかしいにもほどがある。

突然片足を持ち上げられて、繋がったまま無理矢理身体を反転させられた。無理な角度で中を抉られて、引き攣ったような嬌声が漏れる。

「ッ、ひ……あぁッ!」

ぐるりと回った視界、見上げればナルトと目が合って、サスケはこくりと息を呑んだ。慌てて目を逸らす。いけない。あの目を見てはだめだ。ナルトの青い瞳はいつだってその気もないくせに熱っぽい雄の色をしていて、否応もなくサスケの心を掻き乱すのだ。あんな目で見下ろされたら錯覚してしまいそうになる。欲されていると。独占したがっている、と。馬鹿みたいな望みだ。分かってはいてもこの心臓は鳴り止まない。盲目に、わずかの可能性もない希望的観測に縋りたくなる。ナルトの一挙一動に滑稽なほど踊らされて、そうしてまた現実を知り落胆するのだ。ひどいひどい恋だった。救いようがない。

仰向けにされたせいで縋るものがなくなって、あ、と悲鳴に近い声がでた。両手首は相変わらずナルトの腕によってシーツに縫い付けられたまま、一度漏れた喘ぎは簡単には押し殺せなくてサスケはただ喉を震わせる。まともに頭が働かなくなって、唇を噛みしめることもできなかった。

「は、ぁッ、あ、あ……や、ナルト……やめッ」
「……口開いた途端、それかよ」
「あ、こ、声ッ、やだ……手、はなせッ、あぁ、あ」
「んとかわいくねーの、お前。……おとなしくヨがっときゃいいのに」
「ふ、ざけ……ッあ、あ、あぁあ……!」

立て続けに深いところを突き上げられたらもうわけがわからなくなって、サスケはいやいやをするように頭を振りたぐった。ナルトはただ笑うだけだ。いつの間にか手首を掴んでいた腕を離されて、温かい腕に宥めるように頭を抱きすくめられる。サスケの顔のすぐ隣で金髪が湿りを帯びて揺れた。荒い息遣いが肩に掛かって、それにどうしようもなく欲を高められる。気遣いもなにもなく荒々しく腰を叩きつけてくるのに、手だけは女をその気にさせるために使ってきたのであろう陳腐な優しさでサスケの髪を梳いてくるのだ。ずるい男だ。ひどいひどい男だ。こんな奴いつか女に恨まれて刺されればいいんだ大きらいだ死んじまえ。

「すっげえ、……お前んナカ、熱」
「んッ、……ふ、う、ぅ」
「いや?でも強姦じゃねーだろ、これ。お前こんなに悦んでるしさ、ヒクついてるし、ここ」
「ッあ、あ、ぁ、あ……あぁあッ」

ガクガクと揺さぶられてあられもない声が漏れる。ひっきりなしに抽挿されて、持ち上げられた脚がビクンと引き攣った。最悪だ。意地悪く笑う顔をぶん殴ってやりたい。サスケをこんなふうにしておきながら、こうして揶揄してくる口が憎らしくて堪らない。いっそ嫌いになれればどんなに良かったか。
いつだったか。たった一度だけナルトに問われたことがある。どうしてこんなことを許すのか、と。

(ふざけんな)

お前がそれを俺に、聞くのか。

いつだって憎らしくて憎らしくてそれなのに好きで堪らなかった。どれだけひどいことをされたって、やめることも諦めることもできなかった。こんな男に性欲処理のように扱われて、それでも好きなのだ。たぶん嫌いになろうとしたってなれやしない。本当にひどい恋だ。終わらせ方が分からない。

なぁお前、わかってんのか。俺がいつもどんな思いで、お前に抱かれているのか。

本音を言ってしまえばもう二度と抱いてもらえないのだということはわかっている。そんな感情ナルトはサスケに求めていなかった。知られたところで気味悪がられるに決まっているのだ。この想いを告げたら最後、もう二度と元の距離に戻ることはできないのだろう。だから絶対に気付かれてはいけなかった。縋るような素振りなんてなにがあっても見せやしない。それしかないのだ。ナルトを失ってしまったら、たったひとつ欲した光が断ち切られたら、もうサスケに残るものは闇しかない。そんなことになったら今度こそ、この気持ちは終わらない。諦めることもできないままひとり救いようのない闇に囚われ、二度と這い上がれなくなるだけだ。たぶん顔も見れなくなる。

だから、気付くな。
(気付け)

気付くな。
(気付け)


気付け――ナルト。


(気付いてほしくないなんて、そんなの嘘だ)

理屈じゃない。言葉にできるような薄っぺらい感情じゃないし望みなんてそもそもない。ただ、気付いてほしい。意地もプライドもすべて捨ててだって叫んでやる。俺はこのどうしようもない男がどうしようもないくらい好きで、好きで、

だから、ただ。

(――はやく、気付け)

そうでないともう苦しくて苦しくて呼吸すらできないのだ。

熱い奔流を身体の中に叩きつけられて、一筋、涙がこぼれた。









「…………ずるい、お前」


***


あぁこれやっちまったな、と思った。
いつになくひどく抵抗されて、苛立つ心を止めることができなかった。気付けば乱暴に服を剥ぎ取って、嫌がる身体をベッドに押さえつけていた。強姦じゃねーだろ、と言い訳のようにいいながら、今回は本当に無理矢理だったと自覚している。だって虚しくて堪らなかったのだ。監視期間が終わって初めてあんなふうに拒絶されたのが、三ヶ月前までの関係はやはりサスケにとってはただの監視との代価でしかなかったのだと知らしめられているようで嫌だった。まさかあそこまで拒絶されるとは思ってもみなかったのだ。もうお前とはしないって、決めた。そう叫んだ横顔が忘れられない。まるで今にも泣きだしそうな表情だった。

だから、久しぶりなのに随分と手酷くサスケを抱いた。とにかくこのやり場のない憤りをどこかにぶつけたくて仕方なかった。まるで子供のわがままだ。乱れたシーツの上にぐったりと力なく横たわった身体、気まずく覗き込んだサスケの目元はまるでナルトから隠すように白い腕で覆われていた。目を凝らせばその腕の下から頬を伝う雫が見えて、驚く。

泣かない奴だった。どんな屈辱的なことを言ったって、是が非でも涙を見せない奴だった。激しく貫けば生理的な涙を滲ませことはあるけれども、それだってほとんど前後不覚になってからだ。こんなふうに素面の状態で泣かれたのなんて初めてのことだった。

「……泣いてんの、サスケ」

返事はない。声を上げもしない。

「そんなに……嫌だった、泣くほど」

恐らく正解であろう核心を突いた問いを投げ掛けても、サスケは微動だにしなかった。あまりの反応のなさに途方にくれる。その間もサスケの隠れた目元からはとめどなく涙が溢れてきて、白い頬を伝い黒髪に沈んでいく。それさえ病的なほどに美しくて、ナルトはどうしようもなく悲しくなる。

頑なに顔を覆う腕に手をかけると、思いがけなくそれは簡単に外れてくれた。あまりの抵抗のなさに拍子抜けする。しかしそれも束の間、サスケの表情が露わになった瞬間、ナルトは思わず息を呑んだ。サスケは目元を赤くして力なくナルトを見上げながら、その瞳だけはあまりに澄んだ色をして揺れていた。驚くほど静かに凪いだ瞳だった。無垢な赤子の目だ。泣き疲れた子供のような従順さだ。まるで心臓を真綿で締め付けられるような心地がした。たったいま自分を犯した相手に向かって、この男はなんという目で見上げてくるのだろうか。

赤くなった唇がかすかに動いた。ナルト、と声もなく呼んだのがわかった。震える声でなんだよ、と問うと、空気の震えのような掠れきった声に見るなと云われて伸ばされたサスケのてのひらに視界を塞がれる。

「……ナルト」
「サス、ケ」
「ナルト」

一秒前に予感がした。一秒後にはあの日とまったく変わらない感触がして、唇に柔らかいものが触れていた。見えない糸に絡めとられるように身体の機能が停止する。ただ甘く痺れるような毒だけが唇から伝わってきて、目の奥が熱くなった。なんだか無性に泣き出したくなる味だ。こんな幼稚なふれあいだけでどうしようもなくナルトを打ちのめす、ずるい味だ。

「もう……これっきりに、するから」

静かにはなれた唇に、好きだ、と囁かれた。
世界がひっくり返る音がした。

勢いよくサスケの手を引き剥がしてその手首を掴んだまま目の前の男を凝視すると、またあの穏やかな瞳が目にはいる。質の悪い冗談だと思いたかった。でも違うと分かってしまった。こんな目をされたら人の心を弄ぶなと怒鳴れもしない。穏やかさの中に諦めを含ませた瞳だ。

「……サスケ」
「しゃべんな、もういい。わかったらさっさと離せ」
「サスケ、ッ」
「離せ、ナルト」

確定条件はいくつもあって、わかっているはずなのに理解が追いつかない。現実味がなくてふわふわする。たぶん長年積もらせてきた臆病さが邪魔をするのだ。だってそんなのあり得るわけがなかった。遠い遠い存在だ。手の届かない存在だ。いつだってサスケはナルトには推し量れない高みにいて、あぁそれでも。

衝動のままにサスケを抱きしめていた。たったひとつだけ、分かっていることがある。このままではサスケは、またナルトの手の届かない遠くにいってしまう。こちらになにも望んでいないひどい笑みを浮かべたまま、大切なことはなにも言わずにナルトの前から消えてしまうのだ。そんなのは絶対に嫌だった。もう二度と失うのは耐えられなかった。サスケがそれを望んでいようといまいと、ナルトにだって言いたいことがたくさんある。

両腕の中の身体はぴくりと震えて強張って、そのまま緩みもせずに固まった。予想だにしていなかったのであろうナルトの行動に、サスケの肩が戸惑うように揺れる。

「……やめろ、ナルト」
「なんで」
「やめろ。やさしくするな。……期待、する」

なんて臆病な男なんだろうと胸の中で笑って、ナルトはよりいっそう強くサスケを抱きしめた。そうするとますます強張って、ナルトは途方に暮れる。まったく臆病な身体だ。抱きしめられることに慣れていない身体だ。ナルトと同じで。

「……なんでお前そんな、なの」

その臆病さを作ったのは紛れもない自分なのだろうとぼんやり思いながら、ナルトはひどく卑怯な問いをした。サスケは答えない。答えなんて求めていなかったから、それでも良かった。未だに実感はまったく湧かない、けれども夢のようなこれは紛れもなく現実なのだ。

だったら俺もいい加減、この臆病な鎧を脱ぎ捨てるべきではないのか。

「お前が出てってから――この家、広くて広くてしかたねーんだ」

こくん、とサスケの息を呑む音がやけに大袈裟に響いた。

「ひとりってのは、やっぱ辛いよ。……な、俺のとなり、いて」

初めて手を繋いだ日のことを思い出していた。

あの日どうしようもなく欲したぬくもりを、いつか望んだ未来を。本当は一刻だって忘れたことはなかった。あまりに温かくて切なくて、離したくなかったぬくもりだ。当時のナルトではどうしようもなかったからいつかの自分に託した、未来だ。

愛してるも恋してるも言えない。そんな資格はない。だから何千何万回、だいすきだって伝えよう。いままで散々傷つけてきた分、ずっとだ。もう二度とこの手は離さない。あの日ナルトの手を握ってくれたてのひらを、今度はナルトが握って引っ張っていく。それだけがナルトにできる唯一の恩返しだ。

あの日差し出されたぬくもりにどれだけナルトが救われたかなんて、たぶんサスケは知りもしない。






つないだ手の温もり
(091221)