※『ゴルゴリ』様の受験生パラレル1〜4の設定を元にさせていただきました。 意気揚々と鳥居をくぐったら、バチンと後ろ頭を叩かれた。 「あだッ」 涙目になって振り返ると、涼しい色をした烏羽玉の瞳とばっちり目が合う。キンキンに冷えた空気が肌に突き刺さる真冬の夜、見慣れたダッフルコートに身を包んだサスケはマフラーの隙間からまっしろな息をこぼしてため息をついた。瞳の色は相変わらず、夜の闇よりも濃い。 「……な、に、すんだよ!」 「真ん中を通るなウスラトンカチ。そこは神様の道だ」 「はぁ?」 「参道の真ん中は通っちゃいけねぇって、常識だろうが」 そんなこともしらねぇのかよ。ふん、と鼻で笑われて、おもわずムッと頬を膨らませる。どうでもいいけどお前、そんなふうに偉ぶったって鼻の頭まっかだからな。肌が白いから余計に目立つのだろう、凍てつく空気に晒された鼻がまるで子供のように赤いのが、サスケに似合わず存外にかわいらしい。 くく、と笑みをこぼすと、なに笑ってんだよと呆れ顔で返される。 「なんでもねぇよ。てかお前、口より先に手を出すのいい加減やめろよな」 「口で言っても聞かねぇから手を出すんだろうが」 「だからそういうことは実際口に出してから言えよ!」 俺は動物じゃねぇぞ!心外だ、とばかりに叫ぶと、まるで悪戯を成功させた子供のような顔で笑う。ははっという軽快な笑い声が、夜闇に微かに反響しては雑踏に揉まれて消えた。相変わらずかわいくない憎まれ口だ。でも憎めない。それどころかあまりに無邪気な横顔に、毒気なんてすべて抜かれてしまう。 かつては腹が立って仕方なかったサスケの言動、その裏側に隠された以外と柔らかな心を、やさしさを、ナルトはもう知っているのだ。サスケがこんな顔をして笑えるのだということも最近新しく発見した。たぶんナルトだけがしっている。 コートに隠れた左手首の時計の文字盤、その長針はもうすぐ十の文字を指す。大晦日の夜、境内は人で溢れ返っている。参拝のために伸びる列は長い。ゴーンゴーンと先ほどから厳かに鳴り続ける鐘の音は、もう何個目か。百八つ、人間の煩悩の数だけ鳴らす鐘だ。 あと十分で日付が変わる。 サスケはコートの袖からわずかに覗いた両手の指を顔の前で擦りあわせて、寒いな、とつぶやいた。はぁ、と吐き出した息は真っ赤な指先を白く包んで夜の闇に溶ける。うん。頷いた声はみっともなく強張って、どこか空々しく響いた。一年の終わり、新しい始まりを迎えるこの瞬間にサスケが自分の隣にいることが夢みたいだと思う。まるで信じられない。もしかして本当に夢なんじゃないのか。肌を刺す夜気の感覚は紛れもなく本物なのに、時々そんなことを考える。 こんな寒い夜に外に出てらんねぇと、毎年ダチの誘いも断ってこたつに潜り続けてきた大晦日の夜。その軽んじ続けてきた行事、初詣に、バクバクと鼓動を高鳴らせながらサスケを誘ったときの、はにかむような笑顔がまだ脳裏から離れない。 だって、だってさ、ずっと好きだったんだ。 こんな日にサスケが当たり前のように隣にいるって、それってすんごい奇跡じゃないのか。 (それともお前は当然だって笑うかな) 「にしてもお前、初詣になんか来る余裕あんのかよ」 「へ?」 「判定、まだギリギリなんだろ。センターまであと何週間だと思ってんだ」 呆れたようなサスケの声に、ナルトは引きつった笑いを返す。まったく、相変わらずちっとも男心のわからない奴だ。こんなときにそんな現実味のあること言うなよ。わかってる、ほんとはいまも机に囓り付いていなきゃならないくらい、俺はやばい。でもさ、いっしょにいたいって思うじゃないか。初めて迎える新年なんだぞ。いつもテレビ越しになんとなく見ているそれが、お前が隣にいるだけですごくキラキラしたまぶしいものに思えてくる。 来年はきっと薔薇色だ。 「あ、はは。そりゃさ、余裕ってわけじゃ、ぜんぜんねぇけど。でもこういうのって、受験生にとっちゃぜったい必要なもんじゃね?なんていうんだっけ、あれ。困ったときの神頼み」 「受験を神に頼るなよ、馬鹿――まぁ、気持ちは引き締まるよな」 嘘です神様、ごめんなさい。俺ってばあなたをサスケを誘うダシに使いました。でも俺だって今年一年間、勉強も恋も死ぬほど頑張ってきたんだ。今日だって合格祈願をする気持ちは本気の本気である。お賽銭だって奮発して五百円玉を用意してきた。だからこれくらい、少しは大目に見てほしい。 カチ、カチ、と秒針は進む。 あと一分で日付が変わる。 さむい、と再びサスケが呟いた。コートの中握りしめた指先はかじかみ震えている。ナルトはゆっくりと周りを見渡した。新年を待つ人々の興奮したざわめきの中、雑踏に紛れてナルトとサスケを気にする者はほとんどいない。皆一様に隣にいる者達と囁きあって、もうすぐ訪れる新年に期待を寄せ合うばかりだ。 ナルトはゆっくりと手を伸ばして、サスケの手を包みこんだ。 ぴくり、握った指先が跳ねた。ナルトは深く息を吸う。サスケの反応を見るのが怖くて思わず目をつむった。サスケは怒るだろうか。ふざけるなって振り払うだろうか。当たり前だ、人前だもんな。サスケの手を握る自分の指が馬鹿みたいに熱い。まるで指先に心臓があるように、その一点に血が集まりどくんどくんと鼓動が跳ねる。こんなにも緊張しているなんて、サスケに知られたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。でも俺ってばやっと、理由がなくても手を繋げるような関係を手に入れた。だからいまだけ、いまだけでいいから、俺の今年最後のわがままを許してほしい。 握ったてのひらに祈るように力を込めると、サスケの指が小さく震えてナルトの手を握りなおしてきた。 右隣に立つサスケの横顔は俯いたまま微動だにしない。寒さに少しかさついた唇は、きゅっと頑なに結ばれたまま拒絶も許容もせずに黙り込むばかりだ。それでも黒髪の隙間から覗いた耳が真っ赤なのは、寒さのせいだけじゃないって思いたい。な、思っていいのか。思っていいのかな、サスケ。 「もうちょっと、だな」 「……あぁ」 寒いから、とはサスケは言わなかった。 初めてこの手を握った日、暖房も点いていない放課後の教室で、それまで壊れものみたいに見つめてきた薄いてのひらが案外ナルトと同じ大きさなのだということを知った。そして表面は冷え切っているのに、重ねてみれば内側からじんわり湧き上がってくるようなあたたかさがあって、淋しがりやの優しいてのひらなのだということを知った。子供だましのような言い訳を繰り返して、微妙な距離を泳ぎながら笑ってしまうほどの臆病さで心を寄せ合った。そうしてやっと掴んだ、てのひらだ。 人混みのなか確かに時を刻む秒針の音を聞きながら、もうちょっと、とサスケは繰り返す。たぶん年が開けてこの列が動き始めれば、自然とこの手は離れるのだということを知っている。せめてそれまでと、冷え切ったてのひらを握る指先に体温を分け合うように力を込めた。女のそれとは違ってやたら固くて薄い、ぎすぎすした手だ。だけどしなやかで冷たくてでもあたたかくて、誰よりも美しい手だ。 相変わらず、ドクンドクンと心臓は鳴り続ける。サスケにも聞こえているのだろうか。でももうそれでもいい。気付かれていたって、いい。 たとえば固くガードしているお前の素顔にちょっとでも触れることができたときの嬉しさだとか、はじめてお前が俺に笑顔を見せてくれたときの衝撃とか。 いつの間にかお前から目が離せなくなっていったこと、少しずつ近付いていった距離へのこそばゆい戸惑いとか、お前が俺と同じ大学を目指していると知ったときの理由の分からない喜びだとか。静かな教室に響くペンの音、サスケの声。その心地よさとか、勉強に集中するふりをして何度もサスケの顔を盗み見ていたこととか。 いつしか育まれていった友達以上の感情、その名前も分からないままに馬鹿みたいなお願いをして初めて合わせた唇の、柔らかさとかせつなさとか胸の奥から湧き上がってくる愛しさだとか。 それから毎晩のようにお前が夢に出てくるようになったこと、てのひらを合わせたときの言いようのない安堵感だとか、無意識のうちに絡めた指、それを握り返してきた震える指先に募った想いとか。 風邪をひいたときの不安、目を覚ましたときお前が隣にいてくれたときの焦燥とか、実はそれ以上にどうしようもなく嬉しかったこととか。それからクリスマスの夜、自棄をおこして握ったてのひらの冷たさだとか、それなのに一瞬で真っ赤になった頬に目を奪われたこととか。 思いが叶ったときの天にも昇るような心地とか、初めて意味をもってあわせた唇の泣きたくなるほどの甘さ、抱きしめた身体のあまりの線の細さにわけもわからず鼻の奥がつんとしたこととか。夢なら覚めるな。そう祈っていたときの俺がどれだけ必死だったかとか、実は今でもたまにこれ夢なんじゃねぇのって思ったりすることとか。今この瞬間にこうしてお前が隣にいることがどんなにしあわせかってこととか、握りしめたこの手をいつまでも離したくないって思ってるってこととか、お前、しらねえだろ。しらなくていいよ、格好わるい。でもそういうのぜんぶ、知ってほしいって思っている自分もいるんだ。 なぁ、しってるのか。俺がこんなにお前を好きだってこと。あまりの幸福に泣きたくて泣きたくてたまらないんだっていうこと。だれよりも一番最初に、お前にあけましておめでとうを言いたかったんだっていうこと。言葉になんて恥ずかしくてできないから指先から伝わればいい。ぜんぶぜんぶ、伝わってしまえばいい。 あと十秒で年が明ける。 今年最後の夜空を見上げて、ナルトは深く息を吸う。 人前でくっつくことを、普段のサスケは恥ずかしがってなかなか許してくれない。それなのに黙って手を握りかえしてくれた。それだけで十分だった。これ以上サスケに甘えるわけにはいかないから、年が明けたらナルトから手を離して。そしたら笑って、あけましておめでとうを言おう。そうして歩き出す準備を。新しい年もサスケといっしょに歩いていく、覚悟を。 たぶん俺達はハートの深い深い奥の部分が見えないなにかで繋がっている。だから手なんて繋がなくたってへっちゃらなのだ。もう追いかけるのなんてごめんだし、後ろ姿を見るのも飽きた。ましてや置いていくことなんてできるわけもない。ずっと隣を一緒に、あるいていく。 あけましておめでとう。 あけましておめでとう、サスケ。 その言葉を一番最初に言える相手がサスケだというだけで、こんなにも俺の心臓は喜びにはちきれそうで仕方ないのだ。 グロリアスランナー
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