いつもはムカつくほど取り澄ましたお顔が、あ、しまったとばかりに歪むのが、笑ってしまうほど滑稽だった。 音も気配もなく開かれたリビングのドアに、ビクリ、ナルトの腕の下で柔らかな気配が硬直した。昂ぶっていた空気が一気に冷えて、入口から溢れる沈みかけの太陽と薄暗い夕闇が出鱈目に混じった室内に、しんと不気味な静寂を落とす。その静寂を齎した張本人は、室内の光景を目にした瞬間戸口のところで成す術もなく立ち尽くしていた。揺れる黒の瞳がナルトを見て、それから固まったままのナルトの腕の中の存在を見て、またやってしまった、と言わんばかりの気まずげな表情。 ただナルトだけが、そのどうしようもない沈黙の中ひとりまったく頓着せずに、その場にそぐわない乾いたため息を零す。 「……なに、もう任務おわったの、お前」 「――あ、ぁ」 問いかけた声音は、自分でもびっくりするほど冷たいものになった。それでもサスケはそれでやっと我に返ったらしく、強ばった返事と共にようやくナルトから目を逸らす。絹のような黒髪がさらりと流れて、形のいい耳たぶや白いうなじが髪の隙間からわずかに覗いた。そのラインを灼けるように見据えて、そんな何気ない動作を一々目で追ってしまう自分に舌打ちをする。途方に暮れていても気まずげに視線を泳がせていたとしても、サスケの纏う空気はやはり静謐で夜闇のように美しい。先程までなんの変哲もなかった安アパートの一室が、そこにサスケが入ってきたというだけで別の空間になったように思える。空気が、景色が、色彩が――変わるのだ。 そんなふうに盲信してしまえる自分がまた、どうしようもなく憎らしかった。 ナルトはふん、と鼻を鳴らして、未だに己の腕の中で硬直している女の黒髪を撫でる。 「ったく、そんなら連絡くらいよこせっての。お前のせいで、ほら――この子、びっくりしちゃったじゃんか」 最近付き合い始めた、可愛らしい中忍の女だった。女は中途半端に服をはだけさせられてソファに背中を預けた格好のまま、ショックに固まってぷるぷると震えている。それは恋人との睦み合いの最中に第三者に乱入された動揺もあるだろうが、たぶんそれだけではない。その乱入してきた男が、"あの"うちはサスケだったという衝撃もそれは大きいのだろう。 サスケは年端のいかないアカデミー時代の頃から、とにかくモテる男だった。子供の時でさえそうだったのだ、それが成長してますます鋭さを増し色気も魅力も充分に身に付けてしまったのだから、里のくのいち達が放っておくわけがなかった。あのナイフのような性格に怯みもせずにお近づきになろうとするような大胆不敵な女はそういないけれども、木の葉の女達は皆サスケに憧れ、遠巻きに眺めては噂話に花を咲かす。 そんな誰しもが憧れる上忍が突然目の前に現れて、女はナルトの腕の中でもうどうしたらいいのか分からないのだろう。恥ずかしいけれどもこんな近くでうちはサスケを拝めて嬉しい、あぁどうしよう、そう女の顔は語っている。それでも、それに怒るような心の狭いナルトではない。女はナルトを好いているし、そういう感情とは関係なしに、サスケには見とれてしまうものなのだ。醸しだす雰囲気は馬鹿みたいに高潔で、造形は頭のてっぺんから爪先までひとつの無駄もない。まさに存在が鋭く研がれたナイフのような、夜空にひとつ輝きを放つ星のような男だ。誰だって、この男には否応なく視線を引き寄せられる。 第一自分に女を責める権利など無いのだということは、ナルト自身が一番よく分かっているのだ。 ごめんな、と女の手入れの行き届いた黒髪にキスをして着崩れていた衣服の乱れを直してやると、女はやっとショックから立ち直ってくれたらしく、いいのよ、とほんのり頬を染めながら呟いた。女が身なりを整える、その間もサスケは視線だけは背けて微動だにせず戸口に立ち尽くしている。 暫くどこかで時間を潰してくる。そう言って出て行こうとしたサスケを、頑として止めたのは女だった。お邪魔していた私が悪いんです、任務帰りでお疲れでしょう、ゆっくりお休みになってください。ナルトも。私のことは送らなくていいから、うちはさんを手伝ってあげて。場合が場合でも、任務明けのうちはサスケを本人の家から締め出すなどという無遠慮なことは、女の良心が許さないのだろう。ぺこりとサスケに一礼をした彼女は、そそくさと玄関に向かう。 ナルト、また来るわね。あの人にもよろしく――本当、近くで見れば見るほど綺麗なかたね。びっくりしちゃった。そう言って悪戯っぽく笑う女に、ナルトは複雑な表情を浮かべながら、うんごめんな、また今度、と手を振った。デートを他の男に邪魔された上にあんまりな帰し方をしようとも文句ひとつ言わない、気のいい女だった。まぁ、それは相手がサスケだからということもあるかもしれないけれども。 (ごめん、な) 夕闇に彼女の背中を見送って、ナルトは肩をならしながら薄暗いままのリビングに戻る。そこには先程から木偶のようにその場を動かないサスケが、手持ち無沙汰に天井やらテレビやらに視線を泳がせていた。 背後から近付いてくるナルトの気配に、サスケはただぴくりと肩を揺らした。 *** サスケはかつて、里を抜け世界の忍を敵に回した大罪人だった。 必死に追いかけて追いかけて、ついに追いついた果ての、互いに血肉を削りあった死闘。痛む心でサスケに動けなくなるほどの重傷を負わせ、血にまみれたボロボロの身体を抱きしめ必死に説得し、やっとのことで連れ帰った木の葉。本来なら死罪も免れないような状況であったのを、情状酌量の余地有りと、投獄だけに罪を留めてくれたのはひとえに綱手のばあちゃんの御恩情だった。それから長らく幽閉されていたサスケがようやく罪を許され、一年間の監視付きという条件で牢から解放されたのが半年前。そこにはナルトの上層部への必死の説得と、やはり綱手の大きな力添えがあった。 かくしてサスケは里内では監視員と衣食住を共にし、任務の折は暗部の監視付き、という狭っ苦しい御身分ではあったが、一忍として木の葉の里で任務を請け負い普通の生活を送ることを認められたのだった。そしてその監視の役に就いたのが、ナルトだった。 真っ先に監視員として名乗りを上げたナルトに、綱手は随分と難色を示した。お前はサスケに甘い、それでは監視にならんだろうと、それが綱手の言い分だ。 それでもナルトから言わせてみれば、サスケの監視を誰か他の忍に任せるなんてもっての他だった。やっと取り戻したんだ、もう二度と手放してたまるかこいつは俺が付きっきりで見張ってやるんださもなきゃ心配で夜も眠れない、と、そういう心境だ。ばあちゃん、俺、誰か他の奴がサスケ逃がしたりしたら里の中で九尾化しちゃうかもよ。そう笑顔で脅迫まがいのことをのたまい、綱手のため息混じりの勝手にしろ、という言葉とともに、なんとか監視員の地位を勝ち取ったのだった。 ナルトだっていつまでも昔のままではない。今や次期火影を噂される上忍、下忍の頃から住んでいたボロアパートは卒業して、男二人で住んでも充分な広さのあるアパートを借りた。今までいくら求めても遠く遠く手の届かなかったサスケと、これからは無条件に同じ空間にいられる。それだけで、宙を舞うような幸福だった。 *** 「――悪かった、な」 部屋に戻ってきたナルトを見留めると、サスケは視線を床に落としたまま気まずげに口を開いた。他人のデートを邪魔してしまったという罪悪感は、いくらそういったことに無頓着なサスケにも少しはあるらしい。ナルトは無言でサスケの前を横切ると、ドサリ、と先程まで女を押し倒していたソファに腰を下ろす。 「いや――まぁ、別にそこまで怒ってねぇけど? でもお前、帰ってくんの今日の夜中じゃなかったっけ」 「……任務が、予定よりも早く片付いたんだ」 「ふぅん。で、帰ってきちゃったんだ。てかサスケ、お前なら中に人いんのくらいわかっただろうが。なんでいきなり入ってくるんだってばよ」 「疲れんのにんなこと構ってられっかよ。まさか女だとは思わねぇだろうが」 「へぇ。学習しねぇヤツ」 「うるせぇよ……あれ、新しい女か?」 「ん。かわいーだろ」 「前の女はどうした」 「前の? あぁ、運悪くべろちゅーの真っ最中にサスケと鉢合わせしちまった時のあの子? ……もう、とっくに別れたってばよ」 「――またかよ。お前そう頻繁に女変えやがって、いつか恨まれて刺されても知らねぇぞ」 「ご心配ありがと。でもべつに大丈夫だってばよ、んなドロドロしたことになってねぇし? 前の子とだって、今でも上手くやってるし」 「……そうかよ」 つくづくお前ってわかんねぇ。ため息をついて、呆れたようにサスケは鼻を鳴らす。 俺はもう休む。そう言ってサスケは、ソファの前を横切り自分の部屋に戻ろうとした。その上忍服に包まれた手首を、ナルトは座ったまま掴んだ。 ぴくり、サスケの肩が跳ねる。 「――なんだよ」 「俺、お前のせいであのことの熱ーい夜を邪魔されちゃったんだけど?」 わざとらしく首を傾げると、サスケはきゅっと眉間に皺を寄せて痛ましげな顔をした。無邪気を装い自分の腕を掴んでくる男の意図を、サスケはどこまで察しているのだろうか。 「……だから、悪かったっつってんだろうが」 「あぁ、それはわかったよ。言ったじゃん、べつに怒ってねぇって」 「なら離せ。俺はもう寝る」 「でも、さ」 ぐい、と掴んだままの細い手首を引っぱると、任務帰りで疲れきっている身体はあっさりと崩れおちた。驚いて身を堅くするサスケのその身体を、ナルトはソファに座らせるように沈める。そうして先程まで女にそうしていたように、その両脇に手をつき、逃げられないように閉じ込めた。 「――責任くらい、とるもんじゃねぇ?」 蒼くちらつく欲にまみれた視線から、サスケはナルトの真意をしっかりと感じとったのだろう。な?、と酷薄な笑みを浮かべると、サスケの瞳は怯えたように僅かに揺らぐ。怯えきって、それなのにそれを意地でもこちらに悟らせまいと気丈にも睨み返してくるプライドの高い瞳が堪らない。 唇をきゅっと結んで、サスケは拒むように背もたれに深く身を寄せてナルトとの距離を取ろうとした。構わず服に手を掛けると、なかなかに強い力で肩を押し返される。不機嫌に眉を寄せてナルトが睨むと、サスケも負けじと美しい漆黒の瞳で睨み返してきた。 「ナルト……いま、かよ」 「あぁ、今すぐだ。ベッドまで行くのもめんどくせぇから、ここでな」 「ッ――今日はいやだ、ナルト! ……疲れてんだよ、頼むから休ませろ」 「今日は、って、お前いっつもイヤイヤ言ってばかりじゃねーか……悪いけど、聞けねぇよ? 俺だってお前にデート邪魔されて、溜まってんの」 抵抗してくるサスケの片手首を押さえて服を脱がしにかかると、サスケは焦ったように息を詰めてますますナルトを押し返してくる。それでもその力は、先程に比べてだいぶ頼りなかった。 「ふ、ざけんな……俺、任務帰りで」 「だーから聞かねぇつってんだろ。わかったからおとなしくしとっけてば」 「あ、ナルト……せめてシャワーくらい……!」 「サスケ」 一段低い声で名前を呼びわずかに眼光を鋭くするだけで、サスケはビクリと身体を震わせた。その目は確かに、どうしようもなく自分を支配する男の獰猛な理不尽さに、怯えていた。 「わかってるよな。オレお前の監視してるせいで、ろくに女の子とも遊べないんだわ」 これを言えばサスケは絶対に、ナルトには逆らえない。ナルトの時間を監視という名目でサスケが随分奪っているだということは、本人だって自覚しているのだ。 「本当なら今頃あの子の柔らかい身体堪能してんのを、お前の薄っぺらい身体で我慢してやるっつってんだろ――いいから黙って脚、開けよ」 一本気で律儀な奴だった。一方的に何かを与えられるのは気が済まない、恩を受けたら必ず返さなければならない、そういう真っ直ぐな奴だった。 だからってその身体までも、求められるままに与えてしまうのはどうかと思う。 それでもサスケは拒めない。ナルトもサスケが断れないと分かっていながら、この白い肌を堪能するのをやめられない。 今日だってサスケは諦めたようにため息をついて、ナルトの肩を突っぱねていた腕を力なくソファに落とすのだ。 *** 中途半端に衣服を乱されたま真っ白な肢体の奥を、抉るように突く。好き勝手に揺さぶって、込み上げてくる欲望をそのままサスケの身体に叩き付ける。そのたびにサスケは本来なら男を受け入れる器官ではないそこを熱く蕩けさせて、ふ、と震え切った吐息を零した。 感じてしまってどうしようもないくせに、サスケはいつも必死に喘ぎを押し殺す。声など聞かせて堪るかという具合に、薄い唇をきつく噛み締め快楽に耐える。たとえ力を込めすぎて血が滴ろうとも、理性の残っているうちはけっして醜態を晒そうとはしてくれない。いくら酷く内側を揺さぶろうとも頭をゆるゆると力なく振るばかりで、何があろうともこちらに縋ってはこないのだ。そういうところが、サスケの綺麗で綺麗でどうしようもなく憎らしいところだった。 時折我慢が効かないとでもいうように僅かに漏れるあえかな吐息に、赤く腫れた唇に、ナルトはより一層欲を煽られる。切なく顰められた苦しげな表情に、心の中でひそかに嗜虐心が育つのを感じる。馬鹿な奴だ。本人はまったく意識していないであろうその強情さが却って男を煽るのだと、サスケは知らないのだろうか。それでも例え分かっていたとしても、サスケはけっして自分を犯す憎い男などに媚びることはしないのだろう。その氷のような矜恃がまた、サスケが絶対に手に入らない存在だということをナルトに知らしめるのだ。遠く遠く、手の届かない。いくら身体を手に入れようが、けっしてこちらのものにはなってくれない。 馬鹿みたいだ。 より深く奥を突くと、サスケは薄い背中をしなやかに仰け反らせ、ん、と鼻にかかったような声を漏らした。はらり、ソファの背もたれに艶めいた黒髪が散って、白い喉が誘うように上下する。露わになった喉仏に顔を近付け小さく歯を立てると、ひくり、怯えるようにサスケの喉が鳴った。 「お前……こんな敏感な身体しといて、さぁ」 「……ッふ、……ん、ん」 「なーにがイヤ、だよ。感じまくっちゃってるくせに。お前のナカ、もうドロドロじゃんか。な、そんなにイイ?」 「ッあ、……よく、な……ん、ッ!」 「ちったぁ素直になれよ、お前。いやがってても身体は正直ですね、なーんて、どこのAVだっての」 「……んぁ!……ふ、ぁ……ッあ……」 ぐん、と限界まで奥を突いて、それからギリギリまで引き抜き浅いところを焦らすように擦る。サスケは物欲しそうに奥をひくつかせて、良いところに当てようと無意識のうちに腰を揺らめかせた。ナルトを放すまいと、きゅうきゅうと絡みついてくるナカが熱い。 ――ほんと、ヤバい身体しやがって。 本当はどんな豊満な身体をした女よりもこの身体が一番だと、自分が最もよく知っているのだ。 「あー、ほんと、やべ……サスケ、お前ってやっぱ、最高だわ」 「ッ、……ふッ、ん……」 「コエ、出しゃーいいのに……サスケがやらしく喘いじゃうの、オレ聞きたいってばよ」 「ぁ、ふ、ざけ……んッ……おんなが、いいって……!」 「あー、あれウソ。なに、気にしてたの?かわいいこと言っちゃって、うん。イジワルしてごめんなー」 「……きにして、なんか……ぁ、ッ……あぁ、!」 サスケは少しずつ声を抑えきれなくなっているようで、恨めしげに目を眇めては濡れた瞳でナルトを見上げた。同じ男であるナルトに後ろの穴を本来の役割とは異なる用途で使われて、好き勝手に突かれては女のように喘がされるなんて、プライドの高いサスケからしたらどれほどの屈辱だろうか。とても想像できない。少なくとも自分の立場だったら死んでも御免だ。 こんな狂気じみた行為を、友と呼んだ男に強いるなんて。きっと俺は根本的なところがひどくひどく歪んでいる。 (でもお前――抵抗、しねぇじゃん) それなのにどうしてサスケがこの可笑しな茶番に付き合ってくれているのか、ナルトには分からないのだ。 空も凍てつくような冬の真夜中、灯りも点けずに向かい合ったナルトの寝室で。唐突に押し倒した身体の、震える腰の穢れのない白さ。初めての感覚にどうしようもなく怯えて、ただ噛み締めていた唇の哀れな赤さ。 あの夜泣きそうに揺れてナルトを映した闇よりも黒いサスケの瞳が、ナルトには未だに忘れられない。 *** 同居から三ヶ月、ナルトはサスケを避け始めていた。 自分がサスケに向けるこの執着がもはやただの友情ではないということに、ナルトはもう随分と前から気が付いていた。だからこそひとつ屋根の下で共に生活をしていれば、想いが少しずつ募って抑えきれなくなっていくのは当然だった。サスケを目の前にしたら自制心なんて効かない。いつか無理矢理にでも、サスケをモノにしようとしてしまうかもしれない。そんな自分が、ナルトは恐ろしくて恐ろしくてたまらなかったのだ。 言うなれば、サスケのためを思って自ら遠ざけたというのに。 それなのに、それを許してくれないのが当のサスケだった。理由もなしに避けられたんじゃ納得がいかねぇ。気に入らないことがあるのならはっきり口で言いやがれ。一週間ほど会話のない日々を続けた果てのある日の夜、いきなりナルトの寝室にまで押し入ってきて何の遠慮もなくベッドに座り、サスケはそう主張した。 その瞬間ナルトの中で、何かがぷつりと音を立てて爆ぜた。サスケは何も悪くない、それは分かっているのだ。けれどもナルトの我慢になど何も気付かずにこうも無防備に詰め寄ってくるサスケが、憎らして堪らなかった。もう我慢なんてまっぴらだ。この出口のない迷路からいい加減に解放されたい。 ――ヒトの気も、知らねぇで。 いつまでも想いを胸に秘めて抑えようとしている自分が、なんだか急に馬鹿らしくなってしまった。 しなやかな身体を無理矢理に押し倒して。 抱かせろよ、と耳元で囁いたのはほとんど自棄だ。 サスケは驚愕したように目を見開いて、暴れに暴れた。それはもう必死の抵抗だった。けれどもナルトにだって、ここまで来たら逃がしてやるつもりは毛頭なかった。解いたサスケの寝間着の帯で震える両手をきつく縛り、乱れた白い着物の前をすべてはだけさせる。それでもナルトを蹴り殺す勢いで、変わらず暴れてくるサスケに。 『……オレ、お役目のせいで、お前が任務で里から出てない限り外泊禁止なんだけど』 冷たく囁くと、サスケの抵抗はぴたりと止まった。 黒硝子の瞳が戸惑うように揺れて、ゆっくり、ナルトを映す。 『わかる? 溜まってしかたねーんだってば。お前、そうやって俺に迷惑かけてちっとは罪悪感あるならさぁ――精欲処理ぐらい、なれば』 どうしても己の本心を口にできないナルトの、それが精一杯の言い訳だった。そんなどうしようもない台詞を吐いて、言ったその瞬間にはもう自分の浅はかさを後悔して、それでも傷ついたように揺れたサスケの瞳を見ていたら、何だかもうどうでも良くなってしまった。 まるで糸が切れたかのようにいっさい抵抗しなくなったサスケを、ナルトは好き勝手に犯した。本能のままにサスケの身体を蹂躙して――そして、やっと。行為が終わった後まぶしい肢体を白濁に汚し事切れたように眠るサスケを見て、ナルトはどうしようもなくただ涙を流した。 後悔、していた。 それ以来、ナルトとサスケの関係は続いている。ナルトが身体を求めればサスケは初めこそ何かと理由をつけて渋るけれども、いつだって最後には、諦めたように目を瞑ってただナルトに身を任せるのだ。まるで監視の役割を果たすその代価として、サスケの身体を得ているかのようだった。じゃあなんだ、お前もし他の男が監視に付いてそいつが身体求めてきたとしたらやっぱりこんな簡単に脚開いてたのかよ、と泣きたいような気持ちになる。 いつだって本気で抵抗すれば抵抗できた。なのにサスケはそれをしなかった。そんなサスケの心境が、ナルトには分からないのだ。 サスケの心を揺さぶりたくて、いつしかわざとサスケの前で見せつけるように女と遊ぶのが癖になった。偶然を装いあえてサスケに見つかるような場所で、ナルトは何度も女と逢った。今日だって本当は、サスケのいない隙を狙って彼女を家に呼んだのではない。女と交わっているところを目撃させ反応を伺ってやろうと、そんな悪趣味な思いだった。 それで少しでも傷ついた表情を浮かべてくれれば、すっきりするかと思った。 けれども現実はなにも変わらない。サスケは驚くばかりでけっして嫉妬などはしてくれないし、それなのに相変わらずナルトに抱かれてくれる。アカデミー時代からサスケはとにかく遠くて遠くて、ナルトにはとても手の届かない存在だった。背中を追うだけで精一杯だった。だからサスケの考えることなど、ナルトごときに推し量れるものではないのだ。 どうしてだよ、サスケ。どうしてお前は俺を許す。どうして夜ごと犯されておきながら、平然としていられる。お前にとって自分の身体とは、そんなにどうでもいいものなのか。それとも本気で俺に同情して、性欲処理と甘んじながらも抱かせてくれているだけなのか。だとしたってあんまりじゃないのか。お前は本当に、それでいいのかよ。 (いいわけねぇだろ――サスケ) 別に、この身体が欲しかったわけではないのに。 感じるところをしつこく攻めたてて乱れ切った身体を激しく貫くと、サスケはもう耐えられないと言わんばかりに形のいい眉を顰めてふるふると首を振った。筆を払ったような涼しげな目尻はもう快楽に蕩けきって、目の淵に涙が溜まっている。目の前で、真っ赤に充血した唇が誘うように揺れた。思わず吸い寄せられそうになって、慌てて自制心を働かせる。キスだけは、サスケがどうしても許してくれなかった。以前なんで、と聞いてみれば、そういうことは好きな女にしろよと顔を顰められたことがある。……あっそ、サスケちゃんは好きでもない男にはキスさせてくれないんですか。ここまでやらしーことしといて、どこの少女だっての。身体はいいけど心はダメ、なんて。 (――ふざけんな) ならば最初から、何も与えないでいてくれればよかったのに。 (心が手に入らないのならいっそ、身体なんて要らなかった) 乱暴に最奥を何度も付いて、蕩けきった身体を好き勝手に味わう。サスケはついに限界になってしまったようで、欲情しきった吐息を隠しもせず淫らに喘いだ。きつく閉じられた瞼から美しく流れでた涙がはらりと頬を伝って、音もなくサスケの柔肌に染みる。いくら男に穢されようとも、サスケの身体はやはりどこまでも眩しかった。泣きたくなるほどの美しさだった。それなのにナカは遊び慣れた女のようにいやらしく絡み付き締めつけてくるから、どうしようもないのだ。あの、サスケが。ずっと遠くて、遠くて、憧れていて、届きたくて手の伸ばして追いかけ続けたサスケが、こんな、こんな形で手に入るなんて。男を咥え込まされて貫かれて、こんなにも淫らに、喘ぐなんて。 裏切ったのはこちらなのに、まるで裏切られたかのような錯覚を覚える。 本当は愛してほしかった。この気持ちに気付いてほしかった。それがダメなら、せめてサスケの口からちゃんとダメだと告げられたかった。 ――こんな身体だけの絆など、要らなかったのに。 本当に欲しいものはいつだって、遠すぎてナルトには届かないのだ。 「――サ、スケ……ッ」 「……ふッ、ぁ……あぁッ……ぁ、……ナル、」 「あーもう、美味そうにくわえこんじゃってさぁ。そんなにコレ、好き?」 「あぁァッ……や、いやッ……いやだ……ッ……んぅっ」 「いつまで意地はってんだよ。いいかげんかわいくヨガってみせろってば、この」 「ッあぁ!……やだ、ナル……ナルト……!」 サスケはいやいやするように頭を振って、いよいよ理性が効かなくなったのかひゅうひゅうと喉を鳴らして喘ぐ。ナルトの方もそろそろ限界だった。激しく出し挿れを繰り返して、サスケのいいところを集中して攻めてやる。そのたびサスケの意思に反して嬉しそうに蠢く内壁に、欲情が昂ぶる。サスケはなんとか身体を苛む快楽から逃れようと、形のいい爪でソファの表面をカリカリと引っ掻いた。俺に縋りゃちっとは優しくしてやんのに、と熱にとろけきった頭でぼんやり思う。ここまで酷く攻めたてようとも、サスケはけっしてナルトにその腕を伸ばしてはくれないのだ。 ひでぇ、奴。 ナルトは小さく呻いて、サスケの奥の奥に欲望を吐き出した。サスケもまたドクドクと身体に注がれる熱い滾りに身を震わせて、あえなく啼いて、吐精した。 くったり、崩れ落ちそうになる身体を支えて。 「なぁ――なんでお前さ、俺にこんなこと許してくれんの」 ひそりと耳元で問い掛けたら、絶句される。 サスケの黒々とした瞳が大きく見開かれて、まるで傷ついたかのようにゆらゆら揺れた。情事の後で熱っぽく潤んだ瞳が、なんだか本当に、いまにも泣きだしそうに見えた。 「……し、るかよ、そんなこと……」 次の瞬間には吐き捨てるように呟かれて、ふいと目を逸らされる。 あぁ、頼むよサスケ。頼むからこんなのは嫌だと言ってくれ。 あの日、あのはじまりの夜。お前は知らないだろう。お前が抵抗を止めた瞬間俺を襲った、救いのない絶望を。知らないだろう。俺がいつもどんな想いでお前を抱いているのかを、どんな想いでお前を求めているのかを。 だから、はやく気付け。 ――気付いてくれよ、サスケ。 (こんな関係、俺は望んでいなかった) いつかお前のその清らかなてのひらに拒絶される日を、俺は恐れながらもずっと望んでいるのだ。 とけだした青
Back
(091115) |