暗闇の中見上げた瞳の狂うような熱さに、思わず息を呑んだ。

白く揺蕩うシーツの海、ベッドの上で男に組み敷かれて、値踏みをするように見下ろされる。腰を跨がれ腕はシーツに縫い止められて、身じろぎをすることもできない。屈辱的な姿勢だ。少なくとも、男が男に取られていいような格好ではない。こんな状況下でありながら、それなのにサスケの心臓は激しく脈打ちうるさく鼓動を刻むのだった。
嫌気が差して、誤魔化すように顔を背ける。まったくだめな心臓だ。なんてことはない、ナルトのあの蒼を濃くした熱っぽい瞳に見つめられるだけで、どうしようもなく高鳴り壊れるほど暴れるのだ。

いたたまれなくなって目を逸らしたその隙、ぐい、とシャツをたくし上げられて思わず息を呑んだ。冷たい空気が肌を刺して無意識のうちに身震いをする。引き攣れた、喉にもつれるような声が出た。

「ッ、おい、ナルト、やめ――」

近づいてきた身体を必死に押しのけると、チ、と苛立たしげな舌打ちが響いてサスケは思わず肩を竦める。どうやら今日のナルトは随分と機嫌が悪いらしい。自分をベッドに誘ったということは女と別れたか、もしくはただ単純に溜まっているだけなのか。知ったことではない。だからってこのまま女の代わりのように抱かれるのはいくらなんでも我慢がならなかった。冗談じゃない、こんなの。

「ふ、ざけ――こういうことは、女としろよ!」
「………」
「もうお前はいつ誰としけこもーが自由だろうが! 三ヶ月前とは違うんだ、なんでわざわざ、俺と……!」

確かにかつて、求められるまま毎夜のようにナルトに抱かれた日があった。性欲処理と甘んじて受け入れ、あまりの快感にみっともなく溺れた日があった。それでもそれは以前の話だ。監視期間は終わった。今のサスケにはもう、ナルトに抱かれる理由など何もないのだ。
だからこそ、自分はなんとしてでも拒まなければならなかった。同居生活最後の日、最後に抱かれた夜。こんなのはもう終わりにすると決めた。二度とこの腕に抱かれはしないと、そう誓った。だっていつだって苦しかったのだ。ナルトに求められればサスケは断りきれない。拒んでも拒みきれずに、結局は流されてしまう。終わらせたくてもどうしたって自力では止められない。だから監視期間が終わったとき、正直心の底から安堵したのだ。
もうこんな苦しみからは、解放されるはずだった。

「……かてーこといってんなよ。いいじゃん、今からわざわざ女んこと行くのめんどくせぇし。どうせ何度もヤってんだ、いまさらじゃんか」

それなのにナルトはまた酷薄な笑みを浮かべて、こうして横暴にも求めてくるのだ。どうしようもなくて泣きたくなる。ひどい言葉とは裏腹にこちらを見下ろす瞳だけは欲情しきって、熱っぽくサスケの好きな色をちらつかせてくるから質が悪い。

「……いや、だ」
「サスケ」
「嫌だ、やめろ、ナルト」

抵抗というよりむしろ懇願に近かった。そんな弱々しい声音もすべて無視され服に手を掛けられて、情けなさに唇を噛み締める。まただ。また流されそうになる。愚かにもほどがあった。抵抗しなければと、頭では分かっているのに。

(……こんなの、嫌いだ)

近付いてきた唇に首筋を吸われそうになって、その胸元を押しのけながらサスケは思わず叫んでいた。

「――やめろ!!」

空気がびん、と震える。暗闇の中でも、ナルトの顔色が変わったのがわかった。サスケの両脇についていた腕を突っ張るようにして、ナルトが信じられないものでも見るように身を起こす。怒ったのだろうか。当然だ。初めて身体を重ねた日からこんな拒絶、一度もしたことがなかった。ぷる、と震えた腕に殴られるかもしれないと他人事のように思って、けれども目を合わせることもできず、ただナルトの視線から逃れるように片腕を目の上に押し当てて顔を背ける。

やめろ、やめてくれ。お前にそんなふうに求められたら、俺は流されてしまう。たとえ身体目的だと分かっていても、また拒めなくなる。

手に入らないのは知っていた。この男が自分なんかを好いてくれないのだということは、分かっていた。それならばせめて身体だけでもと思って、軋む心を覆い隠しながら抱かれることを受け入れた。それでも苦しくて仕方なくて、あの日を境にもうこんなのは終わりにすると誓ったのだ。
忘れなければならない想いだったのだ。

(そのはず、だったのに)

それなのにどうしてお前は、またそうやって俺を求める。好きでもないくせに、そこらの女の服を脱がせるのと同じ手の温度で俺に触れる。もうやめてくれ。これ以上俺を揺さぶるな。そんなふうにされたら俺はまた、忘れられなくなる。今度こそずるずると深みに嵌って、もう這い上がれなくなってしまう。

「もう――お前とはしないって、決めた……!」

いつだって傷つくのが怖い、卑怯な臆病者なのだ。

ナルトはしばらく冷たい瞳でサスケを見下ろしたあと、ふっと温度のないため息をこぼした。いい加減押し問答に面倒臭くなったというような顔をして、一段と醸し出す空気を黒くする。そのあまりの酷薄さに思わず息を呑んだ。

「……あっそ、まぁいいわ。好き勝手、ヤらせてもらう」

気付けば身体を反転させられベッドに俯せに押さえつけられて、上にのし掛かられていた。暴れようとした両腕を一纏めにされ後ろ手に捻られて、痛みに顔を顰める。

「ナル――、…ッ!」

抗議する間もなく性急に中心を握りこまれて、ビクリと身体が跳ねた。服の上から乱暴にそこを扱かれて、無理矢理に昇らされる。優しさなど皆無の、こちらを悦くさせる気など微塵もない動きだ。痛いだけの行為。そのはずなのに、その中から快感を見いだしてしまう自分がいた。だらしのない自分が本当に嫌になる。それでも頭でいくら嫌悪しようが、この男からもたらされた快楽であればそれがどんなものであろうとこの身体は感じてしまうのだ。

「いッ、……あ、う…」
「もう濡れてきてんじゃん。こんなにひどくされたって感じちゃうとか、お前ってばもしかしてマゾ?」
「……う、るせ……っ!」

耳元で嘲笑混じりに囁かれる低い声音にすら、脳髄が焼け付くように熱くなってぞろりと背筋に快感が走る。たったこれだけのことで頭の中が真っ白になって、なにも考えられなくなる。気付けばまともな抵抗もできないままおなざりに服を乱され、性急に後孔に乾いた指を突き立てられていた。なんの準備もしていない、しばらく使っていなかった箇所だ。ビリリとした痛みが走って、思わず大きく身を捩る。

「あ……いた、痛い……!」
「……きっつ。やっぱ久しぶりだからか? 前はあんなにドロドロだったのにな」
「いッ、ナルト、やだ、やめ……ッ!」
「ふーん。じゃあ俺んトコ出てってから、誰ともヤってないんだ」
「あ!?……なに、いって」
「いやお前、ここにぶっといの突っ込まれんのだいぶ気に入ってたみたいだからさ。俺と寝なくなって誰か他のヤツとヤってんじゃねぇかと思ってたけど……な、あれから他の男とヤった?」
「な、わけ……あッ!うぁ、う……」

屈辱的な言葉を並べ立てられて、目の前が真っ赤になる。あんまりなナルトの言い種に、悔しくて涙が滲んだ。こいつはいったい、俺のことを何だと思っているのだろう。少なくともナルトにとっては所詮サスケの存在など、性欲処理以外の何物でもないのだ。分かっていたことだって心に裂けるような痛みが走って、音のない悲鳴を上げる。一番奥の脆い部分が血を流して、ジクジクと膿み腫れる。しかしそんなものはすべて、後ろから来る快感に呑まれて混じり合いわけが分からなくなってしまうのだ。胸の痛みも痺れるような刺激もいっしょくたになって、脳が蕩けるような快楽に包まれる。この身体は都合よく痛みから目を背けて、気持ちいい気持ちいいと涎を垂らす。浅ましい身体だった。頭がおかしくなりそうだ。後ろから覆い被さってくる男が恨めしくなる。

それでもあの日、初まりの夜。
ナルトに求められて熱くなる身体を抑えきれなかったのは、紛れもない自分だった。

初めはきつくナルトの指を拒んでいたそこも今はしどけなく緩んで、そこを割り開く指にきゅうきゅうと絡みついている。小さな痼りをいたぶるように指先で弄られて、喉の奥が引き攣った。目の前がちかちかする。ビクンと背筋が仰け反ったのを、面白がるようにナルトが耳元で笑った。その嘲るような響きに理性を引き戻されて、サスケはまた唇を噛み締める。

拒まなければ、と再び思った。けれどもどうしても身体は動いてくれなかった。震える手は拘束されたまま快楽につられてビクビクと跳ねるばかりで、ナルトの手を振り解こうともしない。こちらのすべてを知り尽くした巧妙な指の動きに、ただ目を閉じてされるがまま女のように喘ぐばかりだ。

熱い塊が後ろに宛われて、ぐい、と割り開くように押し進められた。



***



同じ家に住んでいるのに一週間もほとんど口を聞かなければ、さすがに避けられているのだということには気づいた。

自分があまり気が長いほうではないことは自覚している。駆け引きなどという面倒なものも、ナルト相手には意味無いと思った。だからまどろっこしいことはせずに、直接話を付けようとした。それしか方法がなかったのだ。
風呂上がりに訪れたナルトの部屋、文句があれば言ってみろと強気に詰め寄りながら、その実は不安で不安で仕方なかった。ナルトに十分に迷惑を掛けていることは承知している。それが役目とはいえ、ろくに自分の時間を取れもしないで四六時中サスケに付き合わされているのだ、愛想をつかされても当然だった。それでも嫌われるのならせめて、理由をはっきりとナルトの口から聞きたかった。曖昧に濁されたまま避け続けられるのだけは我慢がならなかったのだ。

その判断が正しかったのかは未だに分からない。あの日から避けられなくなった代わり、毎晩のようにナルトに抱かれるようになった。どうしてこうなったのか、思い返せばあまりに滑稽で笑いが込み上げてくる。馬鹿みたいな話だ。男に犯される、なんて。狂っているんじゃないのか。

(それでも、ずっと)

もうこの里に還ってくることなど二度とないと思っていた。己のしでかした罪の重さは自覚しているし、何より一度は捨てた故郷だ。抜け忍となりながらおめおめ戻ってくるなどと、そんな虫のいい話が許されるはずもなかったし、ましてや兄を殺した里と知ってからはこんな里など、憎しみの対象でしかなかった。木の葉を潰す、その目的を果たす為なら命など要らない。もし目的を果たせずに捕らえられたならば、そのときは潔く自害する。みすみす木の葉に連れ戻され恥辱を晒すような、そんな無様な真似は絶対にしない。そう、思っていた。

それなのに、あいつが。
あのうるさいほどの光でこちらを照らしてくる太陽の色をした男が、サスケの血に塗れたその手でぎゅうと痛いくらいにこちらを抱きしめてくるから。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、間抜け面で喚くから。その手が、あまりにも温かかったから。気付いてしまったのだ。捨てたと思って目を逸らしてきたぬくもりに。それでも捨てきれなかった、想いに。

ナルトとサクラに罪はなかった。それなのに今までさんざん泣かせて、傷付けてきた。それでもふたりはいつだってまっすぐ、馬鹿みたいな純粋さでサスケを求めてきた。いくら突き放しても振り払っても、ナルトとサクラだけはけっしてサスケを見放すことはしなかったのだ。

ひねくれた子供だった。憎しみばかりを腹の内で育てて、手放しで笑うことなんてできない子供だった。だから第七班にいた頃、サスケの代わりにあのふたりが二倍笑ってくれるだけで、なんだかこちらまで幸せな気持ちになれたのだ。前の見えない闇の中、束の間の安堵だった。唯一の希望だった。

あの笑顔が、大好きだった。

たぶん自分なんかに、それを奪う権利はないのだ。こんな屑みたいな命でも永らえることでふたりに笑顔を与えることができるのなら、もうそれでいい気がした。いつだって気付くのが遅すぎてなにも守れやしなかった自分が唯一失う前に気付けた、大切な光だ。かけがえのない仲間だ。この汚れた手には抱えきれないほどのたくさんのものを貰った。たぶん一生かかったって報いることはできない。だからせめてもう二度と、その隣を離れたくはなかった。

そう贖罪のように誓ったそれが、本当はサスケ自身の望みだと気付くまでにそうそう時間は掛からなかった。

自覚させられたのはあっという間だ。あの太陽のような眩しい色彩が、視界を支配してやまないのだ。
ナルトのことが好きだった。手の届かないものに憧れるのに近い愛しさで見つめていた。追いかけられていたのはサスケだったはずなのに、いつの間にかどうしようもなく焦がれていた。それでも、ただ昔のように隣にいて、笑い合える。それだけでサスケは満足だった。その先を望んだことなど一度もなかったし、想像すらしていなかった。

この想いは告げられない。告げる気もない。告げたところでどうにもならないことは分かっている。こんな重たい感情で、ナルトを縛るつもりはなかった。

それなのにナルトに力ずくで押し倒されたその日、冗談ではないと身体は拒絶する一方で、心のどこかで狡猾に囁く自分がいた。

――どうせ手に入らないのだ。それならばいっそ、身体だけでも繋げたら。

サスケにとってナルトは光だ。目を閉ざして突き進んだ闇の中、その瞼をこじ開けて差し込んできた唯一の光。追い掛けられているようで、いつの間にかその光に溺れるように縋っていたのは紛れもない自分だった。もうとっくに、ナルトとサスケの関係は逆転してしまっている。
ナルトはずるい。風のような男だ。あんなふうにサスケを追い求めておきながら、けっしてサスケひとりのものにはなってくれない。溺れる手を掴んでおきながら、もう助けなど必要ないと分かればあっさりと手を離して行ってしまうのだ。いつだって眩しすぎて遠い。追いて行かれる。いくら望んだって、手に入りはしないのだ。

抱いてくれなんて言えるわけがなかった。こんな柔らかみのない男の身体ではナルトを喜ばすことなどできるわけもなかったし、何よりサスケのプライドが許さなかった。それなのにナルトの方から、口実を与えられてしまったのだ。このまま抵抗を止めて目を閉じてしまえば、こちらの想いにはなにも気付かないままナルトはサスケを抱くのだろう。たとえ一刻でも、この男の熱を感じることができるのなら。擬似的なものだったとしても愛されるのなら。それならばもうそれでいい気がした。

それでも、そう簡単に割り切れるわけがないのだ。自分で招いた結果でありながら、苦しくて苦しくて仕方なかった。行為を重ねるたびに、募るのは虚しさばかりだ。自分など女の代用品だとは分かっていても、ナルトが女といるところを目にするたび痛みに胸が疼いた。募る想いとなけなしのプライドがせめぎ合って、眠れない夜が続いた。それでも結局はやめることができなかったのだ。

だから最後に身体を重ねた晩、あの最後のキスで、すべてを終わりにすると誓った。もうこんな思いはたくさんだ。これを機会におかしな関係は清算して、ナルトとはただの木の葉の忍同士に戻る。ナルトのアパートは出て行くし、なるべく遠くに新しい家も借りる。そうして想いを隠したまま、何事もなかったかのように日常に戻っていくのだ。そのつもりだった。
それだけがこの惨めな自分に残された、最後の矜恃だった。



***



――それなのに自分はどうして今、またこの場所でこうしてナルトに抱かれているのだろうか。

後ろから覆い被さるようにして自由を奪われながら獣のように突き上げられて、情けなさに涙が込み上げてくる。頭がおかしくなりそうだった。三ヶ月前までは曲がりなりにも、こうして抱かれる理由があった。ナルトの言葉を聞き分けよく呑んだふりをして、抵抗しない言い訳にすることができた。
それがどうだ。今の自分には大人しく言いなりになっている理由がない。こんな理不尽な行為を受け入れる理由がない。ここで抵抗しないのはサスケの意志だ。それだけで、怖くて怖くて仕方なかった。結局は自ら求めているのだと、他でもないナルトにそう知らしめられているようで。

この行為が終われば、自分の中でなにかが変わってしまう気がする。愛なんてない。理由もない。あるのは己の浅ましい欲望だけだ。言い訳がなくなってしまえば、もうナルトにこの想いを隠しきることはできない気がした。たぶん自分は粉々になる。この焼けつくような感情を再確認させられて、壊れきってボロボロになる。そうして箍の外れたように、すべてを打ち明けてしまうだろう。馬鹿みたいだった。確かに一度は、諦めると決めたのに。

希望なんてなにもなかった。叶うわけがなかった。あの日のキスのあとナルトはなにも云わなかった。つまりはそれが答えだ。

どうしたって、この想いは報われない。

ぽたり、額を伝った汗がシーツに垂れて、染みる。熱い滾りで身体の奥の奥を揺さぶられて、サスケの意志とは関係なしにまるで求めるように内壁が蠢いた。忘れていた感覚をまざまざと呼び起こされて、歓喜する身体を止められなかった。好きな角度で抉られてだらしなく声を漏らしそうになるのを、腕はナルトに封じられていたから代わりにシーツを噛み締めて堪える。声は聞かせない。聞かせられない。みっともなく喘ぐことなんて許されないし、ましてやナルトの腕に縋ることなんてできるわけもなかった。そんな甘やかな関係ではない。プライドだって邪魔をする。

それでもナルトはそんなサスケが気に喰わないのであろう、いつもわざとひどく攻め立ててはサスケを陥落させようとしてくるのだ。どれだけサスケのこころを滅茶苦茶にしてやれば気が済むのか。焦らすように浅くされて、無意識のうちに腰が揺らめいてしまうのが分かった。耳の後ろでナルトが馬鹿にしたように笑うのを、ぼんやりと耳にする。生理的な涙に視界が歪んで、あぁ泣いているのか、と他人事のように思った。みっともなくてシーツで拭う。パサパサと髪が揺れて、露わになったうなじに口づけられぴくりと肌が粟立つ。自分でもどうしようもないくらい、興奮していた。異常だ。男に貫かれて、みっともなく善がるなんて。ここまでプライドを引き裂かれて。

(それでもまだ、好きだなんて)

おかしいにもほどがある。

突然片足を持ち上げられて、繋がったまま無理矢理身体を反転させられた。無理な角度で中を抉られて、引き攣ったような嬌声が漏れる。

「ッ、ひ……あぁッ!」

ぐるりと回った視界、見上げればナルトと目が合って、サスケはこくりと息を呑んだ。慌てて目を逸らす。いけない。あの目を見てはだめだ。ナルトの青い瞳はいつだってその気もないくせに熱っぽい雄の色をしていて、否応もなくサスケの心を掻き乱すのだ。

あんな目で見下ろされたら錯覚してしまいそうになる。欲されていると。独占したがっている、と。馬鹿みたいな望みだ。分かってはいてもこの心臓は鳴り止まない。盲目に、わずかの可能性もない希望的観測に縋りたくなる。ナルトの一挙一動に滑稽なほど踊らされて、そうしてまた現実を知り落胆するのだ。ひどいひどい恋だった。救いようがない。

仰向けにされたせいで縋るものがなくなって、あ、と悲鳴に近い声がでた。両手首は相変わらずナルトの腕によってシーツに縫い付けられたまま、一度漏れた喘ぎは簡単には押し殺せなくてサスケはただ喉を震わせる。まともに頭が働かなくなって、唇を噛みしめることもできなかった。

「は、ぁッ、あ、あ……や、ナルト……やめッ」
「……口開いた途端、それかよ」
「あ、こ、声ッ、やだ……手、はなせッ、あぁ、あ」
「んとかわいくねーの、お前。……おとなしくヨがっときゃいいのに」
「ふ、ざけ……ッあ、あ、あぁあ……!」

立て続けに深いところを突き上げられたらもうわけがわからなくなって、サスケはいやいやをするように頭を振りたぐった。ナルトはただ笑うだけだ。いつの間にか手首を掴んでいた腕を離されて、温かい腕に宥めるように頭を抱きすくめられる。サスケの顔のすぐ隣で金髪が湿りを帯びて揺れた。荒い息遣いが肩に掛かって、それにどうしようもなく欲を高められる。気遣いもなにもなく荒々しく腰を叩きつけてくるのに、手だけは女をその気にさせるために使ってきたのであろう陳腐な優しさでサスケの髪を梳いてくるのだ。ずるい男だ。ひどいひどい男だ。こんな奴いつか女に恨まれて刺されればいいんだ大嫌いだ死んじまえ。

「すっげえ、……お前んナカ、熱」
「んッ、……ふ、う、ぅ」
「いや? でも強姦じゃねーだろ、これ。お前こんなに喜んでるしさ、ヒクついてるし、ここ」
「ッあ、あ、ぁ、あ……あぁあッ」

ガクガクと揺さぶられてあられもない声が漏れる。ひっきりなしに抽挿されて、持ち上げられた脚がビクンと引き攣った。最悪だ。意地悪く笑う顔をぶん殴ってやりたい。サスケをこんなふうにしておきながら、こうして揶揄してくる口が憎らしくて堪らない。いっそ嫌いになれればどんなに良かったか。
いつだったか。たった一度だけナルトに問われたことがある。どうしてこんなことを許すのか、と。

(ふざけんな)

お前がそれを俺に、聞くのか。

いつだって憎らしくて憎らしくてそれなのに好きで堪らなかった。どれだけ酷いことをされたって、やめることも諦めることもできなかった。男相手に性欲処理のように扱われて、それでも好きなのだ。たぶん嫌いになろうとしたってなれやしない。本当にひどい恋だ。終わらせ方が分からない。

なぁお前、わかってんのか。俺がいつもどんな思いで、お前に抱かれているのか。

本音を言ってしまえばもう二度と抱いてもらえないのだということはわかっている。そんな感情ナルトはサスケに求めていなかった。この想いを告げたら最後、もう二度と元の距離に戻ることはできないのだろう。だから絶対に気付かれてはいけなかった。縋るような素振りなんてなにがあっても見せやしない。それしかないのだ。
ナルトを失ってしまったら、たったひとつ欲した光が断ち切られたら、もうサスケに残るものは闇しかない。そんなことになったら今度こそ、この気持ちは終わらない。諦めることもできないままひとり救いようのない闇に囚われ、二度と這い上がれなくなるだけだ。たぶん顔も見れなくなる。

だから、気付くな。
(気付け)

気付くな。
(気付け)


気付け――ナルト。


(気付いてほしくないなんて、そんなの嘘だ)

理屈じゃない。言葉にできるような薄っぺらい感情じゃないし望みなんてそもそもない。ただ、気付いてほしい。意地もプライドもすべて捨ててだって叫んでやる。俺はこのどうしようもない男がどうしようもないくらい好きで、好きで、

だから、ただ。

(――はやく、気付け)

そうでないともう苦しくて苦しくて呼吸すらできないのだ。

熱い奔流を身体の中に叩きつけられて、一筋、涙がこぼれた。










***



あぁこれやっちまったな、と思った。
いつになくひどく抵抗されて、苛立つ心を止めることができなかった。気付けば乱暴に服を剥ぎ取って、嫌がる身体をベッドに押さえつけていた。強姦じゃねーだろ、と言い訳のようにいいながら、今回は本当に無理矢理だったと自覚している。だって虚しくて堪らなかったのだ。監視期間が終わって初めてあんなふうに拒絶されたのが、三ヶ月前までの関係はやはりサスケにとってはただの監視との代価でしかなかったのだと知らしめられているようで。まさかあそこまで拒絶されるとは思ってもみなかった。もうお前とはしないって、決めた。そう叫んだ横顔が忘れられない。まるで今にも泣きだしそうな表情だった。

だから、久しぶりなのに随分と手酷くサスケを抱いた。とにかくこのやり場のない憤りをどこかにぶつけたくて仕方なかった。まるで子供のわがままだ。乱れたシーツの上にぐったりと力なく横たわった身体、気まずく覗き込んだサスケの目元はまるでナルトから隠すように白い腕で覆われていた。目を凝らせばその腕の下から頬を伝う雫が見えて、驚く。

泣かない奴だった。どんな屈辱的なことを言ったって、是が非でも涙を見せない奴だった。激しく貫けば生理的な涙を滲ませことはあるけれども、それだってほとんど前後不覚になってからだ。こんなふうに素面の状態で泣かれたのなんて、初めてのことだった。

「……泣いてんの、サスケ」

返事はない。声を上げもしない。

「そんなに……嫌だった、泣くほど」

恐らく正解であろう核心を突いた問いを投げ掛けても、サスケは微動だにしなかった。あまりの反応のなさに途方にくれる。その間もサスケの隠れた目元からはとめどなく涙が溢れてきて、白い頬を伝い黒髪に沈んでいく。それさえ病的なほどに美しくて、ナルトはどうしようもなく悲しくなる。

頑なに顔を覆う腕に手をかけると、思いがけなくそれは簡単に外れてくれた。あまりの抵抗のなさに拍子抜けする。しかしそれも束の間、サスケの表情が露わになった瞬間、ナルトは思わず息を呑んだ。サスケは目元を赤くして力なくナルトを見上げながら、その瞳だけはあまりに澄んだ色をして揺れていた。驚くほど静かに凪いだ瞳だった。無垢な赤子の目だ。泣き疲れた子供のような従順さだ。まるで心臓を真綿で締め付けられるような心地がした。たったいま自分を犯した相手に向かって、この男はなんという目で見上げてくるのだろうか。

赤くなった唇がかすかに動いた。ナルト、と声もなく呼んだのがわかった。震える声でなんだよ、と問うと、空気の震えのような掠れきった声に見るなと云われて伸ばされたサスケのてのひらに視界を塞がれる。

「……ナルト」
「サス、ケ」
「ナルト」

一秒前に予感がした。一秒後にはあの日とまったく変わらない感触がして、唇に柔らかいものが触れていた。見えない糸に絡めとられるように身体の機能が停止する。ただ甘く痺れるような毒だけが唇から伝わってきて、目の奥が熱くなった。なんだか無性に泣き出したくなる味だ。こんな幼稚なふれあいだけでどうしようもなくナルトを打ちのめす、ずるい味だ。

「もう……これっきりに、するから」

静かにはなれた唇に、好きだ、と囁かれた。
世界がひっくり返る音がした。

勢いよくサスケの手を引き剥がしてその手首を掴んだまま目の前の男を凝視すると、またあの穏やかな瞳が目にはいる。質の悪い冗談だと思いたかった。でも違うと分かってしまった。こんな目をされたら人の心を弄ぶなと怒鳴れもしない。穏やかさの中に諦めを含ませた瞳だ。

「……サスケ」
「しゃべんな、もういい。わかったらさっさと離せ」
「サスケ、ッ」
「離せ、ナルト」

確定条件はいくつもあって、わかっているはずなのに理解が追いつかない。現実味がなくてふわふわする。たぶん長年積もらせてきた臆病さが邪魔をするのだ。だってそんなのあり得るわけがなかった。遠い遠い存在だ。手の届かない存在だ。いつだってサスケはナルトには推し量れない高みにいて、あぁそれでも。

衝動のままにサスケを抱きしめていた。たったひとつだけ、分かっていることがある。このままではサスケは、またナルトの手の届かない遠くにいってしまう。こちらになにも望んでいないひどい笑みを浮かべたまま、大切なことはなにも言わずにナルトの前から消えてしまうのだ。そんなのは絶対に嫌だった。もう二度と失うのは耐えられなかった。サスケがそれを望んでいようといまいと、ナルトにだって言いたいことがたくさんある。

両腕の中の身体はぴくりと震えて強張って、そのまま緩みもせずに固まった。予想だにしていなかったのであろうナルトの行動に、サスケの肩が戸惑うように揺れる。

「……やめろ、ナルト」
「なんで」
「やめろ。やさしくするな……期待、する」

なんて臆病な男なんだろうと胸の中で笑って、ナルトはよりいっそう強くサスケを抱きしめた。そうするとますます強張って、ナルトは途方に暮れる。まったく臆病な身体だ。抱きしめられることに慣れていない身体だ。ナルトと同じで。

「……なんでお前そんな、なの」

その臆病さを作ったのは紛れもない自分なのだろうとぼんやり思いながら、ナルトはひどく卑怯な問いをした。サスケは答えない。答えなんて求めていなかったから、それでも良かった。未だに実感はまったく湧かない、けれども夢のようなこれは紛れもなく現実なのだ。

だったら俺もいい加減、この臆病な鎧を脱ぎ捨てるべきではないのか。

「お前が出てってから――この家、広くて広くてしかたねーんだ」

こくん、とサスケの息を呑む音がやけに大袈裟に響いた。

「ひとりってのは、やっぱ辛いよ。……な、俺のとなり、いて」

初めて手を繋いだ日のことを思い出していた。

あの日どうしようもなく欲したぬくもりを、いつか望んだ未来を。本当は一刻だって忘れたことはなかった。あまりに温かくて切なくて、離したくなかったぬくもりだ。当時のナルトではどうしようもなかったからいつかの自分に託した、未来だ。

愛してるも恋してるも言えない。そんな資格はない。だから何千何万回、だいすきだって伝えよう。いままで散々傷つけてきた分、ずっとだ。もう二度とこの手は離さない。あの日ナルトの手を握ってくれたてのひらを、今度はナルトが握って引っ張っていく。それだけがナルトにできる唯一の恩返しだ。

あの日差し出されたぬくもりにどれだけナルトが救われたかなんて、たぶんサスケは知りもしない。






つないだ手の温もり
(091221)
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