サスケは特に気にした様子も見せずに、黙々と作業に取りかかり始める。足首から包帯を巻いて、丁寧に、ナルトにはよくわからない手順で小麦色の肌を白く覆っていく。その手つきが存外にもこちらを労るように優しくて、思わずじんわりと心が震えた。

「安心しろよ」
「……あ?」
「サクラには、黙っててやる」

やっぱりさらりと言ってのける、こいつのこういうところが気に喰わなかった。予告もなしにふいに気まぐれのような優しさを見せては、ナルトの心臓を跳ねさせる。本当に本当に、いやな奴だ。
あぁもう、やんなっちゃうよなァ。心のなかでこっそりと呟いて、いつもは見上げることが多いサスケの顔を、いまは上からまじまじと見つめてみる。
さらりと頬にかかる前髪はどんな女も羨むような深い濡羽色をしていて、手入れなどしていないのであろうにしっとりとした艶やかさを誇っていた。なめらかな肌は、髪の色と相俟って透き通るように白い。涼やかな目尻も、長い長い睫も、形のいい、目を離せなくなるような唇も。
どこをとっても、サスケはやはり綺麗だった。

(ほんと、見た目だけはすげぇキレーなやつだよなぁ……)

女の子がキャーキャー騒ぐのも、まぁわからなくはないのだ。事実サスケの顔は、ナルトだって思わず見とれてしまうほど整っていた。いつまで見つめていても、飽きない。でも、それだけだ。だからといってこんな奴好きでもなんでもない。というよりも、老若男女、この顔に見とれない奴なんてこの世にいないんだろうと思う。キレイなものは、誰が見ようとキレイなのだ。それなのに中身はすっげぇかわいくなくてイヤミで偉そうで、こんなのもはや詐欺じゃないのか。

(おんなのこみてーにかわいいのに、性格は誰よりも男らしいもんなァ)

溜め息とともに何気なくサスケの手元に視線をやって、その手首のあまりの細さにナルトはギョッとした。とんでもなく、細い。ちゃんと筋肉は付いているのに、不思議と線が細くて、少し力を加えて握りこんだら簡単に折れてしまいそうだ、と思う。

(こんな、ほそっこい腕に)

ズキリ、また胸が痛くなる。

(……守られたくなんか、ねーんだ)

任務中、サスケはいつもなにかとナルトとサクラを庇う。庇っていることをこちらに気取かせないほどの完璧な自然さで、さりげなくフォローをしては何事もなかったかのようにスカした面をしている。それは優等生が足手まといの手助けをして優越感に浸っているようなそんなものではなく、サスケ本来の優しさであるのだということを、ナルトはわかっていた。
わかっていたからこそ、悔しかった。
んだよんだよ、俺ってばお前に守られるほど弱かねーぞ。そんな無条件に守られる筋合い、ねーんだってば。俺だって、オトコなんだぞ。わかってんのかよ、バカサスケ。そんな――自分の命かえりみずに後先考えないで飛び込んで仲間庇って死にかけるような馬鹿な奴に、守られてたまるか。
あの波の国で、腕の中で次第に冷たくなっていった身体。呆然としてその華奢な身体を抱えることしかできなかった、愚かな自分を思い出す。
あんな悪夢はもう二度と見たくない。

(本当は――ちがうって、わかってんだ)

守られてここまで悔しいのは、サスケが気に喰わない奴だからではなくて。こんなにも腹立たしいのは、いけすかないライバルに助けられたからではなくて。
サスケに、守られる対象として見られていることが悔しかったのだ。
サクラと同じように、庇護するべき存在だと思われていることが情けなかった。だって、ライバルだった。ナルトが勝手に決めたことでサスケの了承なんて毛ほども得ていないけれども、ナルトにとってサスケはライバルだった。ひとりのオトコとして、あくまで対等に見てほしいのだ。できるならナルトだって、サスケを守りたいのだ。
腹が立つのはサスケにではない。ただサスケに守られているだけの、無力な自分にだ。

(そっか、……俺)

守られるのではなくて。いつまでも背中を見ているのでは、なくて。

(お前のこと、守れるようなオトコになりてーんだ)

次の瞬間己の思考にギョッとして、ナルトは我に返った。
ちょっと待て、守りたいってなんだ。こいつは俺に守られるほど弱くなんかねーぞ。それ以前に男なんだ。守りたいなんてそんなこと、あるわけあるか。きっとアレだ、サスケの危機を颯爽と助けて見返してやりたいとかいう、そういう思いだ。ライバルなんだから、優位に立ちたいのは当然だ。それだけだ。けっして、サクラちゃんみたいなおんなのこに感じるような、俺が守ってやらなくちゃ的な庇護欲なんかでは、ない。

(だってありえねーもの!サスケだもの!)

それでも視線は、自然と足元の少年に釘付けになる。サスケは集中しているらしく、唇をきゅっと結んでは手際よく包帯を巻いていた。しなやかな指の動きはどこまでも清らかで汚れなど少しもないなのに、時折おかしな艶をもって、ひどく妖しく映る。こくり、喉が鳴って、体温が少しずつ上がっていくのが分かった。
真横から差す西日が、世界を黄金に染め上げていく。眩しくてナルトは目を眇めた。あたりにはなんの音もない。他の生き物の気配すら見つからない。川のせせらぎも、いまはどこか遠く遠く感じられる。あるのは少年の低めの体温と、呼吸の音。それからナルトの、鼓動だけだ。真っ赤な夕日に包まれれば、世界にはまるでナルトとサスケのふたりきりしか存在しないようなおかしな感覚に襲われた。とくん、とくんと心臓は相変わらず破れそうなほど大きく鼓動を刻んでいたが、それさえいまはどうでもよかった。黄金色の世界に、ふたりきり。見下ろした少年は、一枚の名画を見ているかのように美しい。どこまでも神様が計算しつくして造られたかのような少年だった。涼やかな風が吹いて、サスケの絹のような艶髪をふわりとなぶる。俯いているせいで露わになったうなじは、夕日を浴びて、自らしろく発光していた。凄絶なほどの、艶めかしさだった。

(さわり、たい)

そろり。右手が持ちあがって、品の良さそうなうなじに伸びる。
あと、すこし。あともうすこし、

「――終わったぞ」

サスケがよく通る澄んだ声で空気をふるわせて、ふいにナルトは現実に引き戻された。