抜けるような青い空に、眩しい太陽がギラギラと輝いている。照りつける日差しが素肌を蝕んで、首筋にじんわりと汗がにじむ。立ちどまって目を閉じてみればやっと感じられるほどのかすかな空気の流れ、頬を撫でるのは涼しげな初夏の風だ。生い茂る枝木は風に揺れてかさかさとざわめき、太陽の照り返しを受けては宝石のようにキラキラと光る。時折ふと思いだしたように鼻腔に届く、太陽と新緑と海とソーダの混じったような匂い――夏の、においだ。
本日の木の葉も、天気はすがすがしく良好です。
うんうん、と誰にともなく頷いて、ナルトは目一杯伸びをした。まだ梅雨入り前だってのに七月中旬並みの暑さをサービスしてくれるとは、さすがは我らが木の葉。女の子は大抵この時期の夏を先取りしたような暑さを嫌がるけれども、ナルトはそれが嫌いではない。むしろ気分はいつもの二割増だった。やっぱいいよなぁ、夏。海に祭りに花火、夏こそ男の醍醐味だってばよ!つまりはどこまでもお子様なナルトだ。
ひとりウキウキしていたら、げんなりした表情のサクラにバカじゃないの、と呟かれた。汗はかくし日焼けはしちゃうし、こんなの迷惑なだけよ。きれいな富士額にひとすじはりついた桃色の前髪をかきあげて、サクラは鬱陶しげにため息をつく。い、いやサクラちゃん、俺ってばべつにサクラちゃんの汗の匂いも、ちょっと日焼けして小麦色になった肌も、ぜんぶぜんぶ好きだってばよ……!一大決心をしてそう告げたら、あんたにそんなこと言われたって嬉しくないわ、とあっさり切り捨てられた。さすがサクラちゃん、俺のアコガレのおんなのこ。やっぱりガードが堅いってばよ。
それでも。
それでも本当に、いとしいあのこの輝きをより際だたせる季節は、夏だと思うのだ。
燦々ときらめく太陽の下。暑さにほんの少し頬を火照らせて、鎖骨のくぼみにうっすらと汗をた溜めて。その様子は少しのやましさなんてなくても、無自覚に艶めいているのだ。汗の匂いだって、むさ苦しいそれではない。もっと清涼でしょっぱくてツンとしていて、それでいてほんの少し、あまいのだ。真っ白な肌は日差しをいっぱいに浴びて、より白く輝いて。たとえ日に焼けて小麦色になったとしても健康的な美しさを誇るんだろう。いや、アイツのことだから、もしかしたら日焼けなんてしないのかもしれない。びっくりするほど真っ白なヤツだもんなぁ。漆黒の髪はそれと相俟って太陽の下の宝石ように輝いて、
(……アレ?)
あ、あは、あはははは。か、神様ごめんなさい俺ってばちょっと間違えちゃったようです。ついあらぬ方向に思考が飛んでしまいました。でもそれ以外の何物でもないんですってばよ。けっして!アイツのことがどうとかでは、なくて!ままままったく俺ってばおっちょこちょいだよな、うっかりぃ!
誰も聞いていない弁解をひとしきり頭のなかで繰り返して、ナルトはがっくりと項垂れる。なんということだ。サクラちゃんごめんなさい、俺ってばあのいけすかない野郎とあなたを取り違えてしまいました。でも本当に、悪気はなかったんです。ほんとにほんと、ほんとだってばよ――
「てめぇ、いつまでサボってやがる!」
次の瞬間凛と響いた声とともに後頭部に衝撃が走って、俯いていたナルトはそのまま前につんのめった。足元にころころ転がる、水に濡れた軽石――あいつ、石投げやがった。
むすっとして振り返ると、浅瀬の川に裸足の両脚をつっこんで仁王立ちになったサスケが、腰に手をあてて苛立たしげにこちらを睨んでくるところだった。
ハーフパンツの下から惜しげもなくさらされた二本の足は、やはり嘘みたいに白かった。
***
「――ったく、それにしたって、こんなことやってらんねーよなぁ……なぁサスケ、俺もう疲れたってば」
「………」
「ムシかよおい、返事くらいしろっての、サスケサスケサスケぇ!な、やっぱもうちょっと休まねぇ?」
「……お前、少しは黙ってらんねぇのか」
「サスケが静かすぎるんだってばよ!朝から働きどおしで、お前ツラくねーの?俺もうムリ。もう限界。な、今日はおしまい!」
「さっきまで休んでた奴がなに言ってやがんだ。口動かすヒマがあったらさっさと手を動かせ」
「だーってよぉ、いくらちっさい川だって、こんなところから無くした指輪見つけんのなんてムリじゃねぇ?大名の奥サンだかなんだか知らねーけど、こんな仕事にわざわざ忍使うんじゃねーってば」
「まぁ――それは俺も、同感だな」
六月の昼下がり。冷たい水に裸の手足をつっこんで、ナルトとサスケはバシャバシャと飛沫を跳ねさせながら川底を探る。火の国の外れにある、小さな川。浅く流れが澄んでいるせいで川底まではっきりと見えるのが唯一の救いだが、それにしたってその中から小さな指輪ひとつを探しだすのはひどく困難な作業だ。どでかいルビーの嵌った派手の指輪だというたから探しやすいといえば探しやすいけれども(それだけは奥サマの成金趣味に感謝だ)、作業はひたすら地味かつ単調。それでも任務遂行のためには黙って手を動かさなければならないのだ。悲しきかな、これが下忍の宿命。
カカシは任務が始まるのと同時にまー頑張りなさんなと笑いながら手を振っては、毎度おなじみのエロ小説を片手にひとり木陰に涼みに行ってしまった。サクラは昼を過ぎたあたりから、一休みという名の長い長い休憩中である。ナルトはつい先ほど作業に飽きて川岸に上がったものの、ものの五分でサスケに連れ戻された(意外とフェミニストなところがあるサスケはサクラにはなにも言わないのだ)。そのサスケはといえば、一度皆でとった休憩を除いて、あとはひとり淡々と手を動かしている。
まったく、可愛げのない奴だ。
少し離れたところで水底を漁っている黒い背中を、ナルトはこっそりと盗み見た。照りつける日差しの下、目についたサスケの真っ白なうなじにじんわりと汗が浮いて、ポタリ、伝って垂れる。また視線がべったり張りつきそうになって、ナルトは慌てて目を逸らした。いけない、いけない――こんなのは、なにかの間違いだ。
(サスケから目が離せない、なんて)
三日前、サスケに不器用で分かりづらい優しさを見せられたあげくに小さく微笑まれたあの日から、自分はなにかおかしいと思う。今までだってサスケはナルトにとって、それはもう気になって気になって仕方のない存在だった。でもあの日以来、なんだかそれに拍車がかかった気がするのだ。最近ではサスケのするひとつひとつの仕草に、なんというか、ド、ドキドキするようになった……って、ぎゃああああああああ!ドキドキって、なんだ!ち、違うだろ!その言い方はおかしいだろ!
夕焼けが、びっくりするほど赤かったのだ。それこそ世界が変わって見えるほど、赤かった。だからサスケもいつもとほんの少し違って見えたのだ。ただそれだけだ、と思う。
きっと自分はまだ、あの日の名残を引きずっている。
あれから三日。左足首の捻挫は、次の日の朝にはもう完治していた。
だというのに――サスケはあの日以来、ナルトに対してなにも言ってはこないのだ。桟橋を逃げるように駆けだしたその後、ナルトとサスケは翌日の任務の集合場所で初めて顔を合わせた。目のあった瞬間どういう反応をしていいか分からず焦ったナルトに対し、しかしサスケは少しも表情を変えず、ただ黙って視線をそらしただけだった。拍子抜けだった。労りの言葉をかけられることはなかろうとも、感謝しろよウスラトンカチ、これに懲りたら次は気をつけるんだな、と、それくらいの軽口は覚悟していたのに。結局その日、サスケの口から昨日の話が出ることはなかった。
それからのサスケは、至っていつも通りだった。表情を崩さないところも口が悪いところもナルトと喧嘩が耐えないところも、以前となにも変わりはしない。ナルトの治療をしたことなど忘れきってしまったかのようだった。まるであの桟橋の上での出来事が、ナルトひとりが見た幻であったかのような。
(――なんだよ、それ)
それを気にくわないと思うこの気持ちが何なのか、ナルトにはよくわからないのだ。
そんなサスケに比べて、あれ、と驚いたような声をあげたのはカカシだった。
『ナルト。お前、足もう治ったの?』
『え?』
『あいかわらず馬鹿みたいな回復力だねー。昨日そうとうムリしてたみたいだから、今日はもっとひどくしてくるかと思ってたけど。どれ、ちょっと見せてごらん』
『カ、カカシせんせ……っ』
気付いてたのかってば!?あたふたしながら叫ぶと、へらりとした笑顔であたりまえでしょー、と返された。うんうんと頷きながら、まったく若いってのは大変だねぇ、とオヤジ臭いことを呟かれる。
『意地張るのはいいけど、それでひどくしちゃったら本末転倒だからね。まだ治っていないようだったら治してあげようと思ったんだけど、と――あれ?この包帯、ナルトが自分で巻いたの?』
『う、……そ、それは』
『なによ、どもっちゃって』
『それは……サ、サスケ、が』
サスケ!?と辺り一面に響くような声で叫ばれて、ナルトは慌ててカカシの口元を押さえた。
『カカシ先生、声がでかいってばよ!』
『ん、あぁごめんごめん、ついね……それにしても、なんでまた』
『い、いっとくけど、俺が頼んだわけじゃねーかんな!サスケが勝手にやってきて、それで……』
『へー、あいつも意外と世話焼きだからねぇ。優しいところあるじゃないの……ふーん、それにしても、お前とサスケがねぇ。へぇ、そっか、ふーん』
『……先生、なんか意味深だってばよ……』
頬を引きつらせてナルトが呟くと、カカシはひとり何かを納得したふうにポンと手を鳴らす。
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