(ばっかじゃ、ねーの)

本当は、答えなんてとっくの前から出ていた。それでもあの日までのナルト気づかないで、必死に嫌いなふりをしていた。

助けられたのが嫌なら、なんて。

(――嫌なわけ、ねーだろ)

ずっとずっと、その真っ直ぐな背中を見ていた。ずっとずっと、憧れていた。それでも手を伸ばせずに、ただ遠巻きにその誇り高い家紋を眺めていただけだった。
世界が、違いすぎたのだ。

(だから本当は、嬉しかったんだ。サスケに、仲間なんだって思ってもらえていることが。怪我をすれば当然のように気遣ってくれるような立ち位置に、近付けたことが)

あまりにも遠すぎたアカデミー時代、自分はサスケの隣にいてはいけない存在だと、そう思っていた。でも今は、仲間だ。同じ第七班の、仲間なのだ。近付きたいし隣にいたい。それが単なるライバル心なのかはわからない。けれどもそんなこと、どうでもいい。ただ、サスケに認めてほしいのだ。そう思う自分は、欲張りなのだろうか。

(でもお前、俺に嫌われたくらいで――傷ついてなんか、くれねーだろ)

「……あのさ、いっとくけど」

また作業に戻っていたサスケの背中に再び声をかけると、相変わらずの仏頂面でくるりとこちら振り返る。

「べつに……いやだったわけじゃ、ねーから」

やはりまだ、嫌いじゃないと言うほどの勇気はない。それでもナルトにとっては、それが精一杯の言葉だった。サスケは心底意外だとでもいうふうに二つの瞳を驚きに見張って、それからほんの少し、口の端を弛めた。あの日のような強烈な破壊力はなかったけれども、それでもナルトの鼓動を激しく打たせてやまない、静かな笑みだった。

(かわ、い)

……って、うぎゃあああああああああ!かわいいってなんだかわいいって!今度こそ間違いだばかじゃないのか!ばかじゃないのか!俺!
おかしな思考よ出ていけと、ナルトはまたもや激しく首を振る。朝からもう随分と叫びすぎた。ダメだ、こんなんではとても、体力と精神力がもたない。

(ちくしょう!お前いっつもそうやっておんなのこをたぶらかしてやがんのかよ、ちくしょう!)

心の中でまったくお門違いな八つ当たりをくり返すナルトにサスケは少しも頓着した様子を見せず、再び両手を川に突っ込み始める。……そうだよな、お前ただ、ちょっと笑っただけだもんな。それが俺の心臓にどれだけの攻撃を与えているかなんて、気づいてすらいないんだろう。知らないって罪だ。
ふと瞬きをしたサスケが、何かに気付いたように目を眇め、それから顔を上げる。

「おいナルト……あれ、なんか光ってねーか」
「へ?」
「向こうの岩の下」

言われた通り目を凝らしてみれば、確かに反対岸の近くにある大きめの岩の影、水中に赤く光っているものが見えた。赤――ルビーだ。指輪、とナルトが口にする前に、サスケはひとりバシャバシャと流れをきって歩き出していた。向かうは川の中腹。あ、とナルトは焦る。先程そちらの方を捜索しようとしたナルトだから分かることなのだが、あの辺りは一箇所だけ、急に川底が深くなっているところがあるのだ。

「あっ、バカ、サスケッ!そっち、深くなってて、」

あぶねぇってば――
止める間もなく、急に一段深くなった川底に足をとられて、サスケはぐらりと足を滑らせていた。薄い身体が、バランスを失って傾ぐ。小さく息を呑む音。気付けばナルトは手を伸ばし、倒れかける身体、その細い腕を掴み上げていた。

「あぶねーだろ……気をつけろよ、サスケ」

それでなんとか転ばずにすんだサスケが、ナルトに腕を支えられた姿勢のまま、驚いたようにナルトの顔を見上げる。それから数秒間固まったあと、はっと我に返ったように視線を逸らされた。そのまま気まずげに地面を睨んで、サスケはぼそり、呟く。

「……ナルトのくせに」
「あぁ!?」

ナルトは条件反射のように食ってかかっていた。他人様に危ないところを救っておいてもらっておきながら、なんなんだその態度は!

「てめぇサスケ、助けてもらってなにいってんだこんにゃろ!」
「うるせぇ!お前なんかに助けてもらったってのが情けねぇんだよ、黙ってろ!」
「マヌケに足滑らせたサスケちゃんが、その口の聞きかたはねーんじゃねぇの!?お前、ありがとうくらい言えねぇのかってばよ!」
「てめぇこそこっちが深くなってるってわかってたんなら、もっとはやく教えりゃいいだろこのウスラトンカチ!」
「むがああああ!なんでお前そんなにいっつもエラそうなんだっての!何様だってばよ!」
「いつもキャンキャンうるせぇてめぇに言われたくねぇな!文句は少しでも強くなってから言いやがれ!」
「サスケェェェ!お前今日という今日はゆるさねぇ!」
「あぁ!?やんのかてめぇ、上等だァ!」
「ッ、うわっ!!」
「……なッ!」

足場の悪い場所で相手の腕を掴んだまま揉み合いになればバランスを崩すのは必然。喧嘩に全力を注ぎ込んでいてそんなことにも気付かなかったナルトは、次の瞬間盛大に足を滑らせ、サスケ共々勢いよく水中に倒れこんでいた。

「ぎゃッ、つめて!」
「――ッてめ、ナルト!なにしやがる!」
「そりゃこっちのセリフだっての!」

全身を水に濡らしながら、ナルトとサスケは性懲りもなくぎゃあぎゃあと喚きあう。それでも今は水浸しの身体を川岸に上げることの方が先決でだった。いくら暑いとはいえ所詮は六月、さすがにこのまま放っておけば二人とも風邪をひく。もともと脈絡なく始まりいつの間にか終わっているのがナルトとサスケの喧嘩だ。川岸に辿り着く頃には、言い争ったことなど忘れきっていた。

「あー、さすがに寒っ!大丈夫かよ、サスケ」
「クソ、全身ずぶ濡れだな」

サスケは不快そうに顔を歪めて、長い前髪をパサリと振る。ナルトも少しでも水気を取ろうと肌に纏わり付くTシャツをぱたぱたと動かす。
と、その時。バ、とおもむろに黒い服の端に手をかけたサスケが――

バサリ。なんとも豪快に、上に一枚だけ着ていたシャツを脱ぎ去った。

「――!!!」

心臓が止まるかと思った。女のようにきめ細やかな白い肌、細くしなやかな背中のライン、形の綺麗な縦臍に、まだ未発達な鎖骨。それから桜の花びらみたいに淡い色をした、ち、ちちちちち、乳首。それらのすべてがナルトの目の前、なんの前触れもなしに露わになったのだった。
いきおい、思わず立ちあがる。

「サッ……ササササ、サスケェェェェェェ!」
「……は?」
「いっ、いいいいいい……いけません!」

顔を真っ赤にしサスケをビシッと指さして、ナルトは回らない舌でなんとかそれだけを叫んだ。サスケは形のいい眉を寄せ、訝しげにナルトを見上げる。

「うちのなか以外でそう簡単に服脱ぐんじゃねーってばよ、サスケェ!」

サスケは顔を顰めて、なんだコイツ頭大丈夫か、という痛ましそうな顔をした。もしかして転んだ拍子に頭でも打ったのか、一応カカシを呼ぶか、そう本気で思案している表情だ。それでも、そんな的外れな心配にはこのさい構っていられない。馬鹿か。馬鹿かお前は。なんでアカデミー主席のくせに、そういうところまでは頭回らないんだ。

(お前、ヤバいんだっての!)