二次試験の終わったその日の夜、羽目を外そうとナルト達はキバの家に集まった。高校に入ってからよくつるんできた気の合う仲間同士、野郎数人でのむさくるしい宴会だ。受験から解放された高揚感の中、キバのくすねてきた酒も混じって相当な騒ぎになった。
『しっかしよーナルト、お前ほんと無茶したよな。センター終わってからだろ?志望校変えたの』
『あぁ、あんときゃビビったよなー!俺といっしょに地元の大学目指すはずだったのにさ、急に木の葉大めざす!とか言い始めて。ぜったいムリだと思ったもんねおれー』
笑い混じりのシカマルの言葉を受けて、顔を真っ赤にしたキバまでもがけひゃひゃひゃ、と変な笑いをこぼす。うっせーよ、と唇を尖らせてみたところで酔っ払いにはなんの効果もない。
『お前アレだろ、サクラ目当てだろ、木の葉にしたの。小学校からの片思いだっけかー?』
『けひゃひゃひゃ、ナールトくん、いちずー!』
『うっせーてばよお前ら!なんだっていーだろ、べつに!』
『まぁ、実際D判定からよく頑張ったよな、お前。自己採点もいい感じだったんだろ?良かったじゃねぇか、念願叶って。まだ決まったわけじゃねぇけど、小学校から大学まで一緒ってすげぇよな』
『あーそういや、お前ら三人のなかでサスケだけ離れちまうのかー。暁大だもんなー。な、サスケ君。いまのお気持ちは?泣いちゃう?さみしい?』
酒が入っていつもの二割り増し饒舌になったキバが、それまでひとり黙って酒を呑んでいたサスケの肩にぐるりと腕を回す。その日のサスケはなぜだか、いつにも増して寡黙だった。ナルトはサスケの器用そうな指が静かにグラスを傾けるのを、ただぼんやりと見ていた。
『べつに、寂しくねぇよ』
『うそだー。ほんとはさみしいくせに。正直にいってみ?おれが慰めてあげるからー』
ぐでー、と寄りかかってきたキバにサスケはあきれたように苦笑して、いらねぇよ、とその身体をシカマルに向かって押し返す。
『あぁん、サスケ君つめたいー』
『キバ、お前飲みすぎ。シカマル、パス』
『俺だっていらねぇよ、こんな酔っぱらい』
あ、お前らひでぇよもうすぐお別れなのにー、つめてぇよー!寝転がったキバが子供のように地団太を踏んだ。相変わらずの酒癖の悪さだ。サスケとシカマルに転がされたキバは、それでもめげずに今度はナルトに話を振ってくる。
『しかしナルト、お前よかったよなー。サクラが暁志望じゃなくて。暁だったらとてもじゃないけど追っかけんのなんてムリだっただろー。てか、なんでサクラ木の葉?おれ、あいつならサスケといっしょに暁いくかと思ってた。行けたよなー、あいつなら』
『サクラはそんなんで大学決めるようなアホじゃねぇよ、どっかの誰かと違って……ほら、木の葉の女の教授。サクラ、そいつに憧れてるらしくて。その下で学びてーんだとよ』
手持ち無沙汰に空き瓶を転がしながらサスケが返すのに、ナルトはその通りだとうんうん頷く。さっすがサクラちゃん、志望動機までしっかりしてるってばよ。しかしどっかの誰かって誰だ。俺か。俺のことか。
『かー、いい心がけだぜ。それに比べてナルト、お前はやっぱダメだな!けひゃひゃひゃひゃ!』
『うっせーっての!』
そこからはスナック菓子と酒の補充に出掛けていたチョウジが帰ってきて、また呑めや歌えやの大騒ぎになった。とはいってもシカマルはそんな俺達に呆れかえってほとんど騒ぎには混ざらなかったし、サスケはサスケでずっと壁にもたれながらひとり静かに酒を呑んでいたけれども、とにかく五人ともいい感じに酒がまわって、深夜の二時を過ぎるころには皆揃って酔いつぶれて寝ていたのだ。
比較的酒には強いナルトと、ずっと自分のペースで呑んでいたサスケを残して。
空き缶が転がる机に突っ伏してもう呑めねーよとひとりごとを言ったナルトの額に、ふいに冷たいてのひらが押し当てられた。その感触が心地良くて、ナルトはくふくふと笑みをこぼす。だれの、なんて考える間もない。この感触はむかしから知っている。
『あー、サスケ』
『あぁ』
『んだよお前、まだ起きてたの?あんま飲んでねーじゃん』
『お前が飲み過ぎなんだよ』
『あ、おれかー』
『そうだ』
『そうかー。そうかなー。でもだいじょーぶ、おれつえーもん』
『そうだな』
自分でもそうとう酔いが回っているのが分かった。呂律が怪しい。なんだか脳みそがふわふわして、ひたすらに気持ちが良かった。酔っぱらいの戯言にいちいち律儀な返事を返してくるサスケがかわいくて、ナルトはまたけへへと笑う。
そのまま再び机に突っ伏して眠りに落ちかけたナルトの腕を、サスケが慌てて掴んだ。
『ばか、こんなところで寝ると風邪ひくぞ』
『んー』
『起きろって』
となりに腰をおろしたサスケが、呆れたようにナルトを揺する。なんだかその声がいちいち優しかった。ひたすらにこちらを甘やかすような、たとえば恋人のような甘やかさを含んだ声だ。普段のサスケからは想像すらできない。なかなか拝めないこの幼なじみの素直な姿に触れてなんだか特した気分になって、ナルトはまた機嫌よく笑った。
それで、あーいつもこんな感じだったらちっとは可愛げがあるのになー、だとか、いい匂いするー、だとか、そんな取りとめのないことを思った瞬間。
なんの。
なんの前触れもなく、唇が重なった。
しっとりとした柔らかな唇がちょっと押し当てられて、すぐに離れていく。ぽかんとして思わず目を見開いたナルトの顔を見て、サスケはなんとも穏やかな目をしていた。
『……なに、サスケ、いまの』
『あぁ』
『なに、キス?』
『あぁ、キスだな』
とんでもない行為をしでかしたのにも関わらず、まるでなんでもないことのようにサスケは云った。
酔いのせいでナルトの脳みそはうまく機能しなかったけれど、それでも頭の半分は冷水でも浴びせられたかのように一気に冷えていった。どくん、どくん、と心臓が鳴る。頭の中で警鐘が鳴り響く。頭のなかはこんがらがってショート寸前なのに、酒の入った脳みそは冷静な判断を下そうとはしない。
聞いてはいけない。そう思っても、止められなかった。
『なにお前。俺のこと、すきなの』
サスケはちょっと迷うように俯いて、それからナルトがいままで見たこともないような悲しげな顔をして、静かに笑った。
『あぁ』
それから泣きそうな声で、すきだ、と囁いた。
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