(うっわあああああああああ)
置き去りにされてしまったファミレスのボックス席。あの夜のことをいろいろと思い出してしまって、あまりのことにナルトはひとり頭を抱える。あれは一体なんだったのか、まったくわけが分からなかった。あれからすぐナルトは睡魔に負けて、サスケを問いただす間もなく眠りについてしまったのだ。目覚めた時にはもう、サスケはキバの家から消えていた。
それから今日まで、サスケとは一切連絡をとっていない。普段はなにかと理由を付けてお互いの家を我が物顔で出入りする二人だが、もちろんそんなこともなかった。あの夜から、サスケからは一切の音沙汰がなかった。あんなことをしでかしておきながら、言い訳のひとつもなしに完全な放置プレイだ。それが気にならないと言えば嘘になるけれども、かといってナルトの方から連絡をすることも憚られた。できなかった。どんな顔をして会えばいいのか分からなかったし、なによりサスケの意図を知るのが怖かった。
夢なんかじゃない。あの日確かにサスケはナルトにキスをして、震えた声で好きだと言ったのだ。
酒の力がまったく無かったとは言わない。あの日ナルトはぐでんぐでんに酔い潰れていたし、サスケだって結構な量を呑んでいた。そうでもなければとてもサスケはあんなことをする気にはならなかっただろう。でも、だからといってそれだけではないのだということは分かっている。
冗談などではなかった。そんなことは長年の付き合いから、ナルトが一番よく分かっている。サスケはいくら酔っていたって、あんな冗談を言えるような人間ではないのだ。
なにより酔ったうえでの冗談として片付けるのには、あの表情は悲しすぎた。
再びあの日のキスの感触を思い出してしまって、ナルトは唸りながら頭を抱える。まったくとんでもない話だった。普段のナルトは、深酔いすると前の晩の出来事は一切忘れてしまう都合のよい脳みその持ち主なのだ。それなのになぜか今回に限って、このアホな脳みそはサスケの鼓動や吐息やわずかな表情の変化の一瞬たりとも忘れてはくれなかった。それが余計に厄介だった。
正直云って、サスケは見た目だけならそこらへんの女よりもいい。男にしておくのがもったいないくらい、ずっといい。それは認める。小さい頃はそれこそ女の子みたいな顔立ちだったし、とにかくうっかり男でも参ってしまうような綺麗な顔立ちをしているのだ。
でも、それとこれとは話が別だった。ナルトとサスケは友達だ。毛も生えそろわないようなガキの頃からいつも一緒にいた、隣の家に住む幼なじみ。小さな諍いは絶えなくて喧嘩ばっかりの毎日だったけれども誰よりも親しい親しい、友達だった。
(それなのに――なんで)
なぁお前、好きっていったいどういうことだよ。お前男だろ。んで俺も、男だろ。今まで十数年間、付き合ってきて少しもそんな素振りなんて見せたことなかったじゃねぇか。
分かっているだろう。俺はサクラちゃんが好きで、そうでなくても女の子が好きで。やわらかい胸とか二の腕とか太ももとかが大好きなんだ。
今までそれなりに女の子と付き合うことだってしたし、それなりに経験も積んできた。彼女ができるたびに、モテるくせしてなぜか彼女を作らないサスケに自慢するように報告してきた。せがまれれば例えサスケの前でだって彼女とキスをしたし、失恋したらフラれちゃったよと泣きついた。
“すきだ”
――それならお前、いままでどんな思いで俺の隣にいたんだよ。
どんな思いで、俺の話を聞いていた。どんな思いで、校門をくぐる俺と女の子の姿を見送った。どんな思いで、彼女にフラれて泣きつく俺を慰めた。
女と別れるたびにサスケの家に上がり込んではさんざん管を巻いて居座るナルトを、サスケは呆れながらもいつだって突き放すことはしなかったのだ。
つまりはどうしようもなくお人好しだった。
(……ばっかじゃねーの)
理由もなく叫びだしたい気分だった。
なにが腹立たしいって、いままで親友のふりをしておきながら人が酔っている隙を狙ってあんなことをしでかしてきたサスケにだ。そのくせ今日までなんの音沙汰もない、サスケにだ。
そしてなにより――あの日のキスになんの嫌悪感も抱かなかった、自分にだ。
(トモダチ、じゃねぇのかよ)
もう本当にわけが分からなかった。
もう一度云うが、ナルトは泥酔しきった次の日にはその前の晩のことはすっかり忘れてしまう性質なのだ。いつも酒を呑んではサスケに絡んで、次の日にはそんなことなどすっかり忘れてあっけらかんと笑っている。
それなのに今回ばかりは、あんなにも鮮明にあの夜のことを覚えていた。
それはつまり、ナルトは忘れたくなかったということなのだ。
そしてサスケも、ナルトのそんな悪癖を知っていた。いつも酒を酌み交わしている相手なのだから当然だ。
――それなのに、あんな瞬間を狙って想いを告げてきたということは。
(それは、つまり)
サスケはナルトに忘れてほしかったということなのだ。
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