暗闇の中見上げた瞳の狂うような熱さに、思わず息を呑んだ。
白く揺蕩うシーツの海、ベッドの上で男に組み敷かれて値踏みするように見下ろされる。腰を跨がれ腕はシーツに縫い止められて、身じろぎをすることもできない。屈辱的な姿勢だ。少なくとも男が男に取られていいような格好ではない。こんな状況下でありながら、それなのにサスケの心臓は激しく脈打ちうるさく鼓動を刻むのだった。嫌気が差して、誤魔化すように顔を背ける。まったくだめな心臓だった。なんてことはない、ナルトのあの蒼を濃くした熱っぽい瞳に見つめられるだけで、どうしようもなく高鳴り壊れるほど暴れるのだ。

いたたまれなくなって目を逸らしたその隙、ぐい、とシャツをたくし上げられて息を呑んだ。冷たい空気が肌を刺して無意識のうちに身震いをする。引き攣れた、喉にもつれるような声が出た。

「ッ、おい、ナルト、やめ――」

近づいてきた身体を必死に押しのけると、チ、と苛立たしげな舌打ちが響いてサスケは思わず肩を竦める。どうやら今日のナルトは随分と機嫌が悪いらしい。自分をベッドに誘ったということは女と別れたか、もしくはただ単純に溜まっているだけなのか。知ったことではない。だからって女の代わりのように抱かれるのはいくらなんでも我慢がならなかった。冗談じゃない、こんなの。

「ふ、ざけ――こういうことは、女としろよ!」
「………」
「もうお前はいつ誰としけこもーが自由だろうが!三ヶ月前とは違うんだ、なんでわざわざ、俺と……!」

確かにかつて、求められるまま毎夜のようにナルトに抱かれた日があった。性欲処理と甘んじて受け入れ、犯されてみっともなく善がった日があった。それでもそれは以前の話だ。いまは違う。監視期間は終わった。今のサスケにはもう、ナルトに抱かれる理由など何もないのだ。
だから自分はなんとしてでも拒まなければならなかった。同居生活最後の日、最後に抱かれた夜。こんなのはもう終わりにすると決めた。二度とこの腕に抱かれはしないと、そう誓った。だっていつだって苦しかったのだ。ナルトに求められればサスケは断りきれない。拒んでも拒みきれずに、結局は流されてしまう。終わらせたくてもどうしたって自力では止められない。だから監視期間が終わったとき、正直心の底から安堵したのだ。
もうこんな苦しみからは、解放されるはずだった。

「……かてーこといってんなよ。いいじゃん、今からわざわざ女んこと行くのめんどくせぇし。どうせ何度もヤってんだ、いまさらじゃんか」

それなのにナルトはまた酷薄な笑みを浮かべて、こうして横暴にも求めてくるのだ。どうしようもなくて泣きたくなる。ひどい言葉とは裏腹にこちらを見下ろす瞳だけは欲情しきって、熱っぽくサスケの好きな色をちらつかせてくるから質が悪い。

「……いや、だ」
「サスケ」
「嫌だ、やめろ、ナルト」

抵抗というよりむしろ懇願に近かった。そんな弱々しい声音もすべて無視され服に手を掛けられて、情けなさに唇を噛み締める。まただ。また流されそうになる。愚かにもほどがあった。こんなのは自分じゃない。抵抗しなければと、頭では分かっているのに。

(こんなの、きらいだ)

近付いてきた唇に首筋を吸われそうになって、その胸元を押しのけながらサスケは思わず叫んでいた。

「――やめろ!!」

空気がびん、と震える。暗闇の中でも、ナルトの顔色が変わったのがわかった。サスケの両脇についていた腕を突っ張るようにして、ナルトが信じられないものでも見るように身を起こす。怒ったのだろうか。当然だ。初めて身体を重ねた日からこんな拒絶、一度もしたことがなかった。ぷる、と震えた腕に殴られるかもしれないと他人事のように思って、けれども目を合わせることもできず、ただナルトの視線から逃れるように片腕を目の上に押し当てて顔を背ける。

やめろ、やめてくれ。お前にそんなふうに求められたら、俺は流されてしまう。たとえ身体目的だと分かっていても、また拒めなくなる。

手に入らないのは知っていた。この男が自分なんかを好いてくれないのだということは、分かっていた。それならばせめて身体だけでもと思って、軋む心を覆い隠しながら抱かれることを受け入れた。それでも苦しくて仕方なくて、あの日を境にもうこんなのは終わりにすると誓ったのだ。ナルトだって監視期間が終わればもうわざわざサスケを抱く必要もなくなる。だから諦められるはずだった。時が経てば傷も癒えていつか忘れられると、そうだとばかり。

忘れなければならない想いだったのだ。

(そのはず、だったのに)

それなのにどうしてお前は、またそうやって俺を求める。好きでもないくせに、そこらの女の服を脱がせるのと同じ手の温度で俺に触れる。もうやめてくれ。これ以上俺を揺さぶるな。そんなふうにされたら俺はまた、忘れられなくなる。今度こそずるずると深みに嵌って、もう這い上がれなくなってしまう。

「もう――お前とはしないって、決めた!」

いつだって卑怯な臆病者なのだ。

ナルトはしばらく冷たい瞳でサスケを見下ろしたあと、ふっと温度のないため息をこぼした。いい加減押し問答に面倒臭くなったというような顔をして、一段と醸し出す空気を黒くする。そのあまりの酷薄さに思わず息を呑んだ。

「……あっそ、まぁいいわ。好き勝手、ヤらせてもらう」

気付けば身体を反転させられベッドに俯せに押さえつけられて、上にのし掛かられていた。暴れようとした両腕を一纏めにされ後ろ手に捻られて、痛みに顔を顰める。

「ナル――、…ッ!」

抗議する間もなく性急に中心を握りこまれて、ビクリと身体が跳ねた。服の上から乱暴にそこを扱かれて、無理矢理に昇らされる。優しさなど皆無の、こちらを悦くさせる気など微塵もない動きだ。痛いだけの行為だ。そのはずなのに、その中から快感を見いだしてしまう自分がいた。だらしのない自分が本当に嫌になる。それでも頭でいくら嫌悪しようが、この男からもたらされた快楽であればそれがどんなものであろうとサスケは感じてしまうのだ。

「いッ、……あ、う…」
「もう濡れてきてんじゃん。こんなにひどくされたって感じちゃうとか、お前ってばもしかしてマゾ?」
「……う、るせ……っ!」

耳元で嘲笑混じりに囁かれる低い声音にすら、脳髄が焼け付くように熱くなってぞろりと背筋に快感が走る。たったこれだけのことで頭の中が真っ白になって、なにも考えられなくなる。気付けばまともな抵抗もできないまま等閑に服を乱され、性急に後孔に乾いた指を突き立てられていた。なんの準備もしていない、しばらく使っていなかった箇所だ。ビリリとした痛みが走って、思わず大きく身を捩る。

「あ……いた、痛い……!」
「……きっつ。やっぱ久しぶりだからか?前はあんなにドロドロだったのに」
「いッ、ナルト、やだ、やめ……ッ!」
「ふーん。じゃあ俺んトコ出てってから、誰ともヤってないんだ」
「あ!?……なに、いって」
「いやお前、ここにぶっといの突っ込まれんのだいぶ気に入ってたみたいだからさ。俺と寝なくなって誰か他のヤツとヤってんじゃねぇかと思ってたけど。……な、あれから他の男とヤった?」
「な、わけ……あッ!うぁ、う……」

屈辱的な言葉を並べ立てられて、目の前が真っ赤になる。あんまりなナルトの言い種に、悔しくて涙が滲んだ。こいつは俺のことを誰にでも簡単に脚を開くような人間だとでも思っているのだろうか。少なくともナルトにとっては所詮サスケなど、性欲処理以外の何者でもないのだ。分かっていたことだって心に裂けるような痛みが走って、音のない悲鳴を上げる。一番奥の脆い部分が血を流して、ジクジクと膿み腫れる。しかしそんなものはすべて、後ろから来る快感に呑まれて混じり合いわけが分からなくなってしまうのだ。胸の痛みも痺れるような刺激もいっしょくたになって、脳が蕩けるような快楽に包まれる。この身体は都合よく痛みから目を背けて、気持ちいい気持ちいいと涎を垂らす。浅ましい身体だった。頭がおかしくなりそうだ。後ろから覆い被さってくる男が恨めしくなる。

それでもあの日、初まりの夜。
ナルトに求められて熱くなる身体を抑えきれなかったのは、紛れもない自分だった。

初めはきつくナルトの指を拒んでいた蕾も今はしどけなく緩んで、そこを割り開く指にきゅうきゅうと絡みついている。小さな痼りをいたぶるように指先で摘まれて、喉の奥が引き攣った。目の前がちかちかする。ビクンと背筋が仰け反ったのを、面白がるようにナルトが耳元で笑った。その嘲るような響きに理性を引き戻されて、サスケはまた唇を噛み締める。

早く拒まなければならなかった。こんな関係はもう終わりにすると決めたのだ。さすがにもう冗談では済まされないけれども、だからといって最後までされたわけではない。今のうちならまだ、なんとかなる。後ろ手に拘束されてはいるものの、サスケが本気を出せば拘束から逃れることくらい訳ないのだ。

そう頭ではわかっていても、どうしても身体は動かなかった。震える手は拘束されたまま快楽につられてビクビクと跳ねるばかりで、ナルトの手を振り解こうともしない。こちらのすべてを知り尽くした巧妙な指の動きに、ただ目を閉じてされるがまま女のように喘ぐばかりだ。

熱い塊が後ろに宛われて、ぐい、と割り開くように押し進められた。


***


同じ家に住んでいるのに一週間もほとんど口を聞かなければ、さすがに避けられているのだということには気づいた。

自分があまり気が長いほうではないことは自覚している。駆け引きなどという面倒なものもナルト相手には意味無いと思った。だからまどろっこしいことはせずに、直接話を付けようとした。それしか方法がなかったのだ。風呂上がりに訪れたナルトの部屋、文句があれば言ってみろと強気に詰め寄りながら、その実は不安で不安で仕方なかった。ナルトに十分に迷惑を掛けていることは承知している。監視というのは目を離したら意味がないのだ、少しも休みがない。ろくに自分の時間を取れもしないで四六時中サスケに付き合わされているのだから、愛想をつかされても当然だった。それでも嫌われるのならせめて、理由をはっきりとナルトの口から聞きたかった。曖昧に濁されたまま避け続けられるのだけは我慢がならなかったのだ。

その判断が正しかったのかは未だに分からない。あの日から避けられなくなった代わり、毎晩のようにナルトに抱かれるようになった。どうしてこうなったのか、思い返せばあまりに滑稽で笑いが込み上げてくる。馬鹿みたいな話だ。けれどもおかしくもなんともない。男に犯される、なんて。狂っているんじゃないのか。

(それでも、ずっと)

もうこの里に還ってくることなど二度とないと思っていた。己のしでかした罪の重さは自覚しているし、なにより一度は捨てた故郷だ。抜け忍となりながらおめおめ戻ってくるなどとそんな虫のいい話が許されるはずもなかったし、ましてや兄を殺した里と知ってからはこんな里など憎しみの対象でしかなかった。木の葉を潰す、その目的を果たす為なら命など要らない。もし目的を果たせずに捕らえられたならば、そのときは潔く自害する。みすみす木の葉に連れ戻され恥辱を晒すような、そんな無様な真似は絶対にしない。そう、思っていた。

それなのに、あいつが。

あのうるさいほどの光でこちらを照らしてくる太陽の色をした男が、サスケの血に塗れたその手でぎゅうと痛いくらいにこちらを抱きしめてくるから。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、間抜け面で喚くから。その手が、あまりにも温かかったから。気付いてしまったのだ。捨てたと思って目を逸らしてきたぬくもりに。それでも捨てきれなかった、想いに。

ナルトとサクラに罪はなかった。それなのに今までさんざん泣かせて、傷付けてきた。それでもふたりはいつだってまっすぐ、馬鹿みたいな純粋さでサスケを求めてきた。いくら突き放しても振り払っても、ナルトとサクラだけはけっしてサスケを見放すことはしなかったのだ。

ひねくれた子供だった。憎しみばかりを腹の内で育てて、手放しで笑うことなんてできない子供だった。だから第七班にいた頃、サスケの代わりにあのふたりが二倍笑ってくれるだけで、なんだかこちらまで幸せな気持ちになれたのだ。前の見えない闇の中、束の間の安堵だった。唯一の希望だった。

あの笑顔が、大好きだった。

たぶん自分なんかに、それを奪う権利はないのだ。こんなクズみたいな命でも永らえることでふたりに笑顔を与えることができるのなら、もうそれでいい気がした。いつだって気付くのが遅すぎてなにも守れやしなかった自分が唯一失う前に気付けた、大切な光だ。かけがえのない仲間だ。この汚れた手には抱えきれないほどのたくさんのものを貰った。たぶん一生かかったって報いることはできない。だからせめてもう二度と、その隣を離れたくはなかった。

そう贖罪のように誓ったそれが、本当はサスケ自身の望みだと気付くまでにそうそう時間は掛からなかった。

自覚させられたのはあっという間だ。あの太陽のような眩しい色彩が、視界を支配してやまないのだ。ナルトのことが好きだった。手の届かないものに憧れるのに近い愛しさで見つめていた。追いかけられていたのはサスケだったはずなのに、いつの間にかどうしようもなく焦がれていた。それでも、ただ昔のように隣にいて、笑い合える。それだけでサスケは満足だった。その先を望んだことなど一度もなかったし、想像すらしていなかった。

この想いは告げられない。告げる気もない。告げたところでどうにもならないことは分かっている。ただ心の奥でひっそり、想っているだけで良かったのだ。こんな重たい依存でナルトを縛るつもりはなかった。

それなのにナルトに力ずくで押し倒されたその日、冗談ではないと身体は拒絶する一方で、心のどこかで狡猾に囁く自分がいた。

――どうせ手に入らないのだ。それならばいっそ、身体だけでも繋げたら。

サスケにとってナルトは光だ。目を閉ざして突き進んだ闇の中、その瞼をこじ開けて差し込んできた唯一の光。追い掛けられているようで、いつの間にかその光に溺れるように縋っていたのは紛れもない自分だった。もうとっくに、ナルトとサスケの関係は逆転してしまっている。ナルトはずるい。風のような男だ。あんなふうにサスケを追い求めておきながら、けっしてサスケひとりのものにはなってくれない。溺れる手を掴んでおきながら、もう助けなど必要ないと分かればあっさりと手を離して行ってしまうのだ。いつだって眩しすぎて遠い。追いて行かれる。いくら望んだって、手に入りはしないのだ。

抱いてくれなんて言えるわけがなかった。こんな柔らかみのない男の身体ではナルトを喜ばすことなどできるわけもなかったし、なによりサスケのプライドが許さなかった。それなのにナルトの方から、口実を与えられてしまったのだ。このまま抵抗を止めて目を閉じてしまえば、こちらの想いにはなにも気付かないままナルトはサスケを抱くのだろう。たとえ一刻でも、この男の熱を感じることができるのなら。擬似的なものだったとしても愛されるのなら。それならば性欲処理でもいい気がした。

それでも、そう簡単に割り切れるわけがないのだ。自分で招いた結果でありながら、苦しくて苦しくて仕方なかった。行為を重ねるたびに、募るのは虚しさばかりだ。自分など女の代用品だとは分かっていても、ナルトが女といるところを目にするたび痛みに胸が疼いた。募る想いとなけなしのプライドがせめぎ合って、眠れない夜が続いた。それでも結局はやめることができなかったのだ。

だから最後に身体を重ねた晩、あの最後のキスで、すべてを終わりにすると誓った。それで諦めるつもりだった。あのキスはせめてもの別れの印、最後のわがままだった。もうこんな思いはたくさんだ。これを機会におかしな関係は清算して、ナルトとはただの木の葉の忍同士に戻る。ナルトのアパートは出て行くしなるべく遠くに新しい家も借りる。そうして想いを隠したまま、なにごともなかったかのように日常に戻っていく。そのつもりだった。それだけがこの惨めな自分に残された、最後の矜恃だった。