夏休みになるとナルトは毎年、母方の実家に遊びに行く。

山の中にある曾祖母の家は戦国時代から伝わる由緒正しい武家の血筋、まさに旧家と呼ぶのにふさわしい家だった。屋敷の面積も親族の数も半端なものではない。あまりにも規模が大きすぎるから、親戚全員が集まることなんて滅多になかった。名前しか知らない、名前すら知らないような親戚が、ナルトにはたくさんいる。正月にすらもなかなか顔を合わせることのない彼らは、それでも一年にたった一度だけ、曾祖母の誕生会が開かれる夏にはその山の中の屋敷に集まった。曾祖母は凜とした武家の女さながらの気持ちのいい人間で、人望も厚く、一族の皆に慕われていた。

幼いナルトも例外ではなく、恒例行事と化したその小旅行を毎年なかなか楽しみにしていた。大好きな曾祖母に久々に会えるのは嬉しいし、縁側で食べるキンキンに冷えたスイカは美味しい。周りは山と少し自転車を走らせれば海、自然に囲まれているから遊び場所にも困らなかった。なにより普段は会えない従兄弟やはとこ、その他もっと遠い親戚のお兄さんやチビたちと、日がな一日遊ぶことができるのだ。


***


車を降りて大きな門をくぐり、出迎えてくれた曾祖母に飛びつく。よく来たね、と頭を撫でらながら挨拶もそこそこ、忙しなく靴を脱ぎ捨てて、懐かしい屋敷の中を裸足で駆け回った。待ちなさい、という母親の苦笑を背中に、ナルトは居間を通り抜けて縁側へと向かう。涼しげな風が吹き辺り一面の景色を見渡せるそこは、ナルトの一番のお気に入りの場所なのだ。

それでもそこでふと足を止めたのは、その縁側に見慣れない少年がひとり座っていたからだった。

タタタ、と駆け寄り距離をとりつつ立ち止まると、足音に気付いた少年がくるりとこちらを振り返った。白いシャツに地味な黒地のスラックス、表情は大人びていたけれどもそれはよく見掛けるような制服だったから、たぶん高校生くらいだ。あら久しぶりね、と、やっとナルトに追いついた母親がにこやかに言うのに、少年はペコリと頭を下げた。どうやら二人は顔見知りであるらしい。けれどもナルトにとっては、その少年を見たのは恐らくそれが初めてだ。

「息子。ナルトよ。覚えているかしら」

母親の簡潔な紹介にまた小さく会釈をして、少年の黒い瞳がナルトを見下ろした。目が合う。母親の華奢な手がナルトの頭を撫でる。

「ナルト。サスケくんよ」

えーと、あなたの叔父さん、になるのかしら。そう歯切れ悪く説明する母の声は、しかしナルトの耳にはほとんど届いていなかった。

ナルトは真っ直ぐに少年を見上げた。目を反らすことができなかった。その少年は、叔父と呼ばれるにはあまりに若すぎた。そして今まで会ったことのあるどの親戚とも、少しも似ていなかった。真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。それに対比するような造りものめいた白い肌。まるで陶器でできた人形みたいだ、と思った。少年の周りだけが違う世界みたいに光って見えて、ナルトはぱちぱちと瞬きをする。少年が少し首をかしげる。清潔そうな白いシャツがまぶしい。

よろしく、と薄い唇が動くその一瞬一瞬までもを凝視しながら、あいさつを返すのも忘れてナルトはただ少年を見つめていた。理由はわからない、けれども夜に揺蕩う空のような海のような少年の瞳に、吸い寄せられて目を反らすことができなかった。風鈴がチリンと鳴った。

ナルトがまだ五つの夏の日のことだ。






サマーウォーズ
(110406)

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