それからのナルトは、夏中サスケにべったりとくっついて離れなかった。急に自分にまとわりつき始めた子供にサスケは最初随分と戸惑って、親戚たちの前では素っ気ない態度を取ったり軽く受け流したりと、相手にしない素振りを続けた。けれども周囲に誰もいない時にはあの夜と同じように優しく接してくれたから、ナルトはちっとも諦めなかった。 姿を見れば話しかけ、見当たらなければ探し回り、一緒に遊べと駄々をこね、なんとも迷惑なアタックをし続けた。周りの目など何も気にせずぶつかっていくナルトにサスケは途方に暮れていたけれども、最後には折れて、いつでもナルトと仲良くしてくれるようになった。ド根性の勝利だ。 サスケと仲良くし始めても、ナルトと親戚たちの仲が険悪になるということはなかった。陰で眉をひそめていたおばさん達もナルト一人に対しては優しかったし、子供たちは変わらずナルトを遊びに誘った。けれどもナルトはもう彼らと遊ぶことはしなかった。サスケが隣にいれば子供たちは戸惑うし、それを見てサスケもあっさりとナルトの傍を離れる。そうして、遊んでおいで、と言うのだ。それがナルトには嫌でたまらなかった。なんでもいいから傍にいてほしかったし、傍にいたいと思ってほしかった。サスケが隣にいさえすれば、他の遊び相手などいらないのだ。頑ななナルトに子供たちはつまらなそうな顔をしたけれども、最後には諦めたのか、構わなくなった。 ナルトは山へ川へとサスケを連れ回し、あらゆるお気に入りの場所をサスケに教えた。一日中子供に付き合わされて大変だっただろうに、サスケは嫌な顔ひとつせずにナルトの遊びに付き合ってくれた。毎年飽きるほど遊び慣れた景色がサスケと一緒に過ごせばどれもが新鮮で、ナルトは来る日も来る日もサスケの手を引いて歩いた。 「つめてっ」 ばちゃん、と足元で跳ねた水が膝を濡らす。浅く流れもほとんどない渓流は子供にも安全な恰好の遊び場で(それでも子供だけで行くのは止められているけれども)、ナルトがよくサスケを連れていく場所だった。照り付ける日差しに焼かれた肌、足首の刺すような冷たさが心地良い。サスケは転ぶなよ、と笑って、水辺の岩に腰を下ろした。サスケも入ればいいのに、とナルトは頬を膨らます。 「もうそこまで若くねぇよ」 「サスケおっさん臭いってば!まだガクセーのくせに!」 「ばか、お前からしたら実際おっさんなんだっての」 しかたねぇなあ、とサスケがサンダルを脱ぐ。たくし上げられた裾、露になった足首の白さに思わず目を奪われた。太陽を反射して眩しく光るサスケの足指がそろりと水面を割く。水の冷たさに心地よさげに目を細めて、サスケはTシャツの襟首をうちわ代わりにパタパタと泳がせた。尖った顎筋を汗が伝う。 「あっついなぁ」 なんだかいけないものを見ている気分になった。 バッ、と目を逸らして川底を見ている間に(それでもその映像はちっとも脳みそまで届きはしなかった)サスケは川底を進んで、ぬるぬるする、と笑う。冷たくて気持ちいな、とナルトに向かってにかっとして、その顔にナルトはまた心臓を跳ねさせた。しどろもどろに返事をして、やっぱりサスケの笑顔はまだ慣れない、と思う。サスケとずっと一緒にいるようになっても、未だにサスケの一挙一動には目を奪われてたまらなくなる。胸が高鳴って、同時になんだか悪いことをしている気分になるのだ。この気持ちがなんなのかナルトには分からない。 「おーすげぇ、魚がいる」 食えんのかな、と野生的なことを呟いてサスケは川底に夢中だった。なんだか子供みたいだと温かな気持ちになって、同時に屈んだ時に露になった白い肌が目に毒だった。こんなのおかしい。けれど。 風に揺れる黒髪も。太陽の下でもなお白磁のように輝く肌も。スッと通った涼しげな目元も。喉元を伝ってシャツの中に消える汗も。はにかむような笑顔も。こうして一日ナルトに付き合ってくれる優しさも。 「ナルト」 やっぱりサスケはきれいなのだ。 顔が真っ赤なのは暑さのせいだけじゃないと思った。視線を上げることができない。ドクドクと鼓動が高鳴って、喉から心臓が飛び出そうだった。あぁどうしてサスケの前ではナルトはこんなに落ち着かなくなるんだろう。ギュッと唇を結んで、汗の滲む手のひらを握り込む。しばらく切っていないの前髪の隙間から盗み見たサスケの笑顔はやはり遠くて、ナルトはサスケの近くまで飛んでいきたいと馬鹿なことを思った。お伽噺のように。地球を飛び出して。宇宙を越えて。サスケの星まで。ロケットになって、飛んでいきたい。 *** とっぷりと日が暮れた頃にナルトとサスケは屋敷の門をくぐった。 中庭に差し掛かると子供たちのはしゃぎ声とバチバチと鳴る花火の音が聞こえて、ナルトは目を輝かせる。 「花火……!」 ふおぉ…っ!と身を乗り出すと、上からサスケの苦笑が降ってくる。 「好きか?花火」 「うんっ」 「混ざってこいよ」 でも、とサスケを窺うとサスケは不思議そうに首を傾げた。 「どうした?」 「……サスケは?」 「俺はいいよ。見てるから、行ってこい」 そう言うとサスケは一人、さっさと縁側に向かってしまった。少し迷って、ナルトは結局子供たちの元に駆け寄る。一度振り返って見たサスケは保護者みたいな穏やかな目をしてナルトを見つめていて、サスケも混ざればいいのに、と思った。久しぶりの花火は綺麗でナルトの心は躍ったけれども、ずっと縁側に腰掛けたひとりの存在が頭の片隅にあって、心の底から花火に熱中することはできなかった。 サスケの目はどこまでも穏やかだった。部屋に戻りたい風でも交ざりたい風でもなく、ただ純粋にナルトを見守っていた。その優しさにナルトは甘えきっていたのかもしれない。この時もこれからもナルトはずっと、サスケの大事な部分から目を背けてきたのだ。後悔したってもう遅いしだからってどうしていれば良かったのかは未だに分からないけれども、この頃のナルトはサスケのことなど何も、何も分かってはいなかったのだ。 ロケットスニーカー
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